「軍事研究は、研究成果が先進的であるほど秘密性が求められます。特定秘密保護法では軍事技術に関連する研究成果や技術を『特定秘密』に指定でき、特定秘密になると研究者は成果を論文として公表することはできません。若い人は研究者としてのキャリア形成ができなくなってしまうのです」



 軍事研究の歴史的な例では、英国の天才数学者であるアラン・チューリングの悲劇がある。チューリングはコンピューター科学の基礎を築き、「人工知能の父」と呼ばれている。ベネディクト・カンバーバッチが主演した映画『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』のモデルにもなった。

 チューリングは第二次世界大戦中に英国の暗号機関に雇われ、ドイツの暗号機「エニグマ」の解読に成功した。しかし、英国はエニグマの解読に成功していたことを終戦後も国家秘密にし、その業績は親しい知人すら知らなかった。その後、チューリングは1952年に同性愛者であることで逮捕され、1954年に死去。死因は青酸カリが含まれたリンゴを食べたことによる自殺とされているが、他殺説も根強い。

 第二次世界大戦で英国を勝利に導いた英雄であるチューリングだが、戦後に不遇な立場に置かれたことで英国政府は次第に彼を警戒し、監視対象にした。エニグマの秘密が旧ソ連などに流出することを恐れたためだ。その結果、チューリングの功績が広く世に知られるまでには、死後約20年の歳月がかかった。英国政府がチューリングに対する不当な扱いを公式に謝罪したのは2009年だった。前出の松宮教授は言う。

「若い研究者が目の前にある予算に飛びついて軍事研究に協力すると、二度と抜けられなくなる危険性がある。チューリングの悲劇は、その象徴的な例です」

 研究者が自由に論文を発表することは「学問の自由」が保障する重要な権利の一つだ。にもかかわらず、基本的な理解がないまま学術会議へのデマによって議論が歪んでいる状況に、関係者は「とても残念な状況」と嘆いている。菅首相は、学術会議の組織改革を河野氏に指示する前に、デマを流した国会議員を再教育すべきではないか。(本誌・西岡千史)

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