第六作『女王陛下の007』も劇場で見たが、二代目ボンド役のジョージ・レーゼンビーは眼を覆わんばかりのミスキャストだった。世の中にはこんな下手な俳優もおるんやと、ある意味、感心させてくれた。

 三代目ボンドのロジャー・ムーアにはまるで魅力を感じなかった。ただただ甘いだけでアクションに切れがない。シナリオも荒唐無稽を通り越して支離滅裂だった。

 四代目、ティモシー・ダルトンはよかった。なにより若々しい。ショーン・コネリーより似合いかと思ったが、二作で降板した。

 五代目、ピアース・ブロスナンはロジャー・ムーアと似た“軟弱ボンド”で、これまた殺しのライセンスを持ったスパイには見えない。007も終わったかと、劇場で見るのはやめた。

 六代目、ダニエル・クレイグにいたってシリーズは原点にかえった。不屈のキャラクターと生身のアクションがいい。荒唐無稽が薄れてリアリティーが増した。ショーン・コネリー以来、最高のボンドだろう。

 第二十四作『007 スペクター』はよめはんと見に行った。車で二十分の『TOHOシネマズ 橿原』。たこ焼きを食いながら見る。映画がはじまると、よめはんは小声で、

「ね、これは誰?」「ジェームズ・ボンド」「若いやん」「そらそうやろ。むかしのボンドとちがうんやから」「これは」「M。ボンドの上司」「このひと、見たことある」「クリストフ・ヴァルツ。『ジャンゴ』を見たやろ」「スペクターて、なんやったかな」「あのな、静かにしてくれる」

 よめはんは静かになった。たいてい寝るから。

週刊朝日  2020年5月22日号

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黒川博行

黒川博行

黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する

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