「死に方は生き方である」明治生まれの母が遺したもの 作家・下重暁子 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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「死に方は生き方である」明治生まれの母が遺したもの 作家・下重暁子

連載「ときめきは前ぶれもなく」

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下重暁子週刊朝日#下重暁子
下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。主な著書に『家族という病』『極上の孤独』『年齢は捨てなさい』ほか多数

下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。主な著書に『家族という病』『極上の孤独』『年齢は捨てなさい』ほか多数

※写真はイメージです (Getty Images)

※写真はイメージです (Getty Images)

 人間としてのあり方や生き方を問いかけてきた作家・下重暁子氏の連載「ときめきは前ぶれもなく」。今回は「死に方は生き方である」。

* * *
 三月十八日は母の命日である。

 今年は三十三回忌にあたるので、法要を営むことにしていた。父の四十三回忌と合わせて行い、これで法要は最後にしたいと思った。

 父母の親戚に連絡したら、全員が出席してくれるという。日頃つきあいのない家も、こういう機会に会っておきたいと思ったのだろう。みな思いは同じである。

 私にしても、あまり親戚づきあいなどしない方だが、この機会に会っておきたいと考えたのだ。

 寺は下重の墓のある文京区の光源寺。寺自体が親戚でもあるので、法要の後、ゆっくりみんなで話しあえるよう、古民家を建て直した庫裡(くり)に移り、落ち着いた部屋で料亭の仕出し弁当をとりながら、夕方まで過ごす計画を立てていた。

 そこへこのコロナ騒動である。高齢者が多いことから、秋に延期することにした。みな残念がったが、いたしかたない。

 母の命日、十八日は彼岸のさなかである。私とつれあいでいつものように墓詣りに行くことにした。

 花も桜や紫のミヤコワスレが好きだった母のために、親しい花屋に寄って自分で選ぶ。

 生前、暁子命とばかりに私にかまけていた母に、私は反抗の限りを尽くしたが、亡くなってみると、母の掌の上だったと知らされることが多かった。

 母は雪深い上越で福祉に尽くした自分の母の生き方を尊敬し、「おばあちゃんと同じ日に死にたい」と口癖のように言っていた。脳こうそくで入院し、一週間で「暁子に迷惑をかけたくない」と言った通りあっけなく亡くなった。

 葬儀用の写真を探しに実家に行った時、同行した叔母が言った。

「あら暁子さん、三月十八日、おばあちゃんと同じ日よ」


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