それから十回以上はトイレに行っただろうか、十二時をすぎたころ、便器に出た液体が薄い黄色になった。固形物はない。マスクのナースに確認してもらうと、やっとのことで検査の許可が出た。

 がしかし、わたしは呼ばれなかった。午後一時、午後二時──。ほかの三人はとっくに検査を済ませて帰っている。さすがにおかしいと思い、マスクのナースに訊くと、S先生が遅れている、といった。

「それって、遅刻ということですよね」「はい……」

 ムカッとしたが、我慢した。「それならそうと、なんでもっと早(は)ようにいうてくれんのですか。S先生のほかにも内視鏡の担当医はいるんでしょ」「はい、消化器内科の医長がいます」「出すもんをみんな出したあげくに、はいそうですかと帰るわけにはいかん。その先生に検査をしてくれるようにいうてください」

 そんなこんなで大腸内視鏡検査は終了し、家に帰ったのは午後四時だった。尻を洗おうとズボンを脱いだところを、めざとく見つけたよめはんが、

「ピヨコちゃん、なんでパンツ穿(は)いてへんの」「捨てました。病院で」「また、お漏らししたんやね」「またやない。たまに、です」「ほんまにもう、締まりがないんやから」「ありがとうございます」「ちゃんときれいに洗うんやで、お尻」「がってん承知です」

 ポリープはふたつとった。いま病理検査をしている。

週刊朝日  2019年11月1日号

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黒川博行

黒川博行

黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する

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