中森明夫が語るキャンディーズが最後でピンクレディに勝てた理由  (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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中森明夫が語るキャンディーズが最後でピンクレディに勝てた理由 

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太田サトル週刊朝日
3人それぞれの個性が光った「キャンディーズ」(左からミキ、ラン、スー)=渡辺プロダクション提供

3人それぞれの個性が光った「キャンディーズ」(左からミキ、ラン、スー)=渡辺プロダクション提供

後楽園球場が満員になった1978年4月4日のサヨナラ・コンサート (c)朝日新聞社

後楽園球場が満員になった1978年4月4日のサヨナラ・コンサート (c)朝日新聞社

 現在我々がイメージする、いわゆる「アイドル」の起源は、1971年だとよく言われます。南沙織さんのデビューと、オーディション番組「スター誕生」の放送開始ですね。南沙織さん、天地真理さん、小柳ルミ子さんの「新三人娘」。男性では西城秀樹さん、郷ひろみさん、野口五郎さんの「新御三家」。そして「スター誕生!」からは、合格第1号となった森昌子さんをはじめ、山口百恵さん、桜田淳子さん、「花の中3トリオ」が登場します。現代のアイドルシーンへと続くアイドル歌手が、70年代に一気に登場してくるわけなんですね。そんな中、72年に結成され、73年に「あなたに夢中」で楽曲デビューしたのがキャンディーズでした。

【写真】後楽園球場が満員になったサヨナラ・コンサートの様子

 キャンディーズの一番の特徴が何だったかというと、3人組であったこと。ソロやツインとは違う、グループであったということなんです。もちろん、ゴールデン・ハーフなど、それまでにもアイドル的なグループは存在していましたが、71年に始まった日本のアイドルの、一番最初の人気グループだったということになります。それが、80年代のおニャン子クラブ、平成に入ってからのモーニング娘。や48グループ、坂道シリーズ、ももクロ、Perfumeなど、のちの数々の人気グループアイドルへとつながる源流となったといえます。

「年下の男の子」などキャンディーズの代表曲を、現在のアイドルグループの子たちが歌う場面を、僕は現場で何度も見ています。つまり、彼女たちの楽曲は、現在でも通用するということなのですが、なぜ通用するのか。それはまず、3人で歌うことで、左右で入れ替わる2人組でのものとはまた全然別物の、三者三様の振りと立ち位置が生まれ、それがコロコロ入れ替わっていく見せ方、今でいう「フォーメーション」ができるようになったんです。

 曲の世界観、曲の途中でメンバーの名前を叫んだりする「コール」、ランちゃんが赤でスーちゃんが青、そしてミキちゃんが黄色という、今で言う「メンバーカラー」、応援するメンバーの色の紙テープを持参したりしました。それから、ひとつのグループの中で誰のファンなのかという、「推しメン」の概念。それまでは秀樹派かひろみ派か五郎派かなど、別々のソロ歌手どうしでの話でしたから。今のアイドルファンがやっていることの多くがキャンディーズ起源だといっていいと思います。


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