ミッツ・マングローブ「まだまだガンに煽られてしまう私たち」 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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ミッツ・マングローブ「まだまだガンに煽られてしまう私たち」

連載「アイドルを性せ!」

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ミッツ・マングローブ週刊朝日#ミッツ・マングローブ
ミッツ・マングローブ/1975年、横浜市生まれ。慶應義塾大学卒業後、英国留学を経て2000年にドラァグクイーンとしてデビュー。現在「スポーツ酒場~語り亭~」「5時に夢中!」などのテレビ番組に出演中。音楽ユニット「星屑スキャット」としても活動する

ミッツ・マングローブ/1975年、横浜市生まれ。慶應義塾大学卒業後、英国留学を経て2000年にドラァグクイーンとしてデビュー。現在「スポーツ酒場~語り亭~」「5時に夢中!」などのテレビ番組に出演中。音楽ユニット「星屑スキャット」としても活動する

著名人の病気の公表はニュースになるが…… (※写真はイメージです) (c)朝日新聞社

著名人の病気の公表はニュースになるが…… (※写真はイメージです) (c)朝日新聞社

 ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は、「堀ちえみ」を取り上げる。

*  *  *
 いつからでしょうか。著名人が、特にガンに関して世間に公表するようになったのは。私が子供の頃、ガンはまだ「本人に告知をするか否か」が議論の焦点であり、ましてやわざわざ公にするような慣習はありませんでした。夏目雅子さん、石原裕次郎さんといったスターたちを始め、時の御代であられた昭和天皇も自身の病名を知らされないまま亡くなっていった時代。その分メディアや世間による過剰な詮索や憶測も常でした。

 平成に入り、告知や世間への公表の概念が大きく変化するきっかけとなったのが逸見政孝さんの記者会見です。以来「自分の置かれた状況をきちんと把握することで、病に立ち向かう覚悟と気力を持つ」という価値観が通例となる一方で、著名人たちの『ガン公表』は「過剰な詮索や取材によって闘病を邪魔されるぐらいなら自ら明らかにしてしまおう」という意味合いが当初は強かった気がします。無論、今以上に未知数で怖かったガンに対する世間の関心は「そっとしておいて」と言われ「はい。わかりました」とはならなかったのも事実です。だからこそ逸見さんの会見は、その後いかに日本人がこの病気と対峙していくかを考える上で非常に意義深い勇気ある行動だったと思います。

 まだまだガンは命に関わる病気であることに違いはありませんが、時代を経るにつれ、医療の発達とともに、本人への告知を含むいわゆるインフォームド・コンセントが根付き、同時に著名人たちの公表も「人前に立つ者として」「ガンへの理解を深めるため」「同じ病で闘う人たちの励みになるように」といった大義のもと珍しくなくなりました。ある意味ガンはただ恐れ悲嘆するだけの病気ではなくなりつつあります。


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