“破天荒”月亭可朝、死去 タレント落語家の先駆けだった! (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

“破天荒”月亭可朝、死去 タレント落語家の先駆けだった!

このエントリーをはてなブックマークに追加
太田サトル週刊朝日
カンカン帽とメガネ、ちょびヒゲがトレードマークだった月亭可朝さん(c)朝日新聞社

カンカン帽とメガネ、ちょびヒゲがトレードマークだった月亭可朝さん(c)朝日新聞社

 カンカン帽に丸メガネとちょびヒゲ。落語家・漫談家の月亭可朝(つきてい・かちょう)さんが、急性肺線維症で3月28日に80歳で死去した。

 ヒット曲「嘆きのボイン」(1969年)でも人気を博した。「♪ボインは〜赤ちゃんが吸うためにあるんやで〜」のフレーズは話題となった。

 テレビ番組「ヤングおー!おー!」や「11PM」などでも活躍。

「70年代には、笑福亭仁鶴、桂三枝(現・文枝)と並び、テレビやラジオで活躍するタレント落語家のはしりでした」

 と、江戸川大学教授でお笑い評論家の西条昇さんは指摘する。西条さんが構成を手掛けたテレビの正月特番に、可朝さんが出演したことがある。

「上半身裸の美女たちをバックに『嘆きのボイン』を披露するという演出でした。リハーサル後、『ワシの楽屋でもう一回リハしよ?』と、美女たちを楽屋に呼ぼうとして笑いをとっていたことが印象深いです」(西条さん)


トップにもどる 週刊朝日記事一覧

続きを読む

おすすめの記事おすすめの記事
関連記事関連記事

あわせて読みたい あわせて読みたい