人間関係がドロドロで人間不信、うつに… 元プロ野球選手が救われた意外な診断 (1/6) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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人間関係がドロドロで人間不信、うつに… 元プロ野球選手が救われた意外な診断

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渡辺勘郎週刊朝日

平野謙(ひらの・けん)(左)/1955年、愛知県生まれ。犬山高校から名古屋商科大学を経て、ドラフト外で中日に入団。大学時代は二刀流で、投手以外に外野手、4番も務めた。プロでは投手から外野手に転向。“俊足・犠打・好守”でリーグを代表する選手となり、88年に西武に移籍。2番打者として黄金時代を支えた。94年にロッテに移籍。96年に引退後はロッテのコーチや2軍監督、日本ハムや中日のコーチ。現・群馬ダイヤモンドペガサス監督。平野清美(ひらの・きよみ)(右)/1965年、埼玉県生まれ。高校時代にホリプロスカウトキャラバンに出場。当初は本名の橋本清美で「レッツゴーヤング」(NHK)などに出演。85年に秋本理央の名で歌手デビューした。中日ファン向けの番組のアシスタント時代に夫と出会い、結婚。現在は東京・西荻窪の自宅で、お花の教室「ヴェルデュール」を開き、空間プロデュースも手掛ける。長男の平野潤也は演劇集団円所属の俳優。(撮影/加藤夏子)

平野謙(ひらの・けん)(左)/1955年、愛知県生まれ。犬山高校から名古屋商科大学を経て、ドラフト外で中日に入団。大学時代は二刀流で、投手以外に外野手、4番も務めた。プロでは投手から外野手に転向。“俊足・犠打・好守”でリーグを代表する選手となり、88年に西武に移籍。2番打者として黄金時代を支えた。94年にロッテに移籍。96年に引退後はロッテのコーチや2軍監督、日本ハムや中日のコーチ。現・群馬ダイヤモンドペガサス監督。
平野清美(ひらの・きよみ)(右)/1965年、埼玉県生まれ。高校時代にホリプロスカウトキャラバンに出場。当初は本名の橋本清美で「レッツゴーヤング」(NHK)などに出演。85年に秋本理央の名で歌手デビューした。中日ファン向けの番組のアシスタント時代に夫と出会い、結婚。現在は東京・西荻窪の自宅で、お花の教室「ヴェルデュール」を開き、空間プロデュースも手掛ける。長男の平野潤也は演劇集団円所属の俳優。(撮影/加藤夏子)

 夫は元プロ野球の平野謙さん。妻は元タレントの清美さん。出会ってわずか5カ月で結婚した二人だが、1988年の西武移籍から6年後、人生の岐路に立たされる。

「きっかけは妻の胃けいれん? 元プロ野球が押した魔法のツボ」よりつづく

*  *  *
夫:西武をクビになったとき、解説者としてNHKから誘っていただいた。

妻:光栄なお話だった。

夫:だけど、そのあとロッテから現役の話が来て、もう少しやりたい、とお伝えしたら「わかりました。1年待ちます」と。1年たったらもう一回、今度は条件提示までしてくれて。

妻:彼から「どうしよう?」って電話が掛かってきたんです。どうしよう、って言ってるのは野球を続けたいからで、「やりたいならやればいいじゃない」と。

夫:俺は生活の不安がものすごくあったけど……。

妻:私はなかった(笑)。後悔してほしくなかった。

夫:そうだよな。

妻:家族のためにとは思ってほしくなかった。

夫:ただ、俺をずっと推してくれてたディレクターは職場が変わっちゃって、申し訳なかった……。


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