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「そもそも、女は外見でモテるわけではない」小谷野敦が「木嶋佳苗」を分析

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週刊朝日

朝日新聞の藤田絢子記者に届けられた手紙の達筆な文字 (c)朝日新聞社

朝日新聞の藤田絢子記者に届けられた手紙の達筆な文字 (c)朝日新聞社

 2009年に首都圏で起きた男性3人の連続不審死事件で、殺人などの罪に問われた木嶋(現姓・土井)佳苗被告(42)の死刑判決が確定することとなった。「平成の毒婦」と呼ばれた木嶋被告。彼女は一体何者だったのか。

 4月14日午後3時半。最高裁第2小法廷で上告棄却の判決が出された。その20分後。東京拘置所の面会室に、春の装いに身を包んだ木嶋被告が姿を現した。

「どうも」

 桜色のシャツに白いパンツ。わずかに微笑んで見せると、ボブカットの頭をつぅっとさげた。

 面会の相手は、2012年の一審の公判から足かけ6年にわたり、手紙と面会で交流を続ける朝日新聞の藤田絢子記者だ。

 判決の内容を聞いても木嶋被告の表情は変わらない。いつものとおり、落ち着いた口調で答えた。

「一審後から覚悟していたことですから。驚きはありません」

 そして、こうも答えた。

「死刑は怖くない」

 1年ほど前から死刑確定後の生活を見据え、備えてきたからだという。死刑確定後は、面会や手紙の相手が限られるため、養子縁組によって親族を増やした。

 20年来の付き合いがある女性に養母になってもらい、養父は前夫だ。支援者だったこの男性と、15年3月に拘置所で結婚した。だが、昨年、彼が事故で入院して木嶋被告の支援ができなくなったために離婚し、木嶋被告は別の男性と再婚。養父母の子や孫を含めると、親族は10人以上だ。

 木嶋被告は、判決の前日発売の週刊誌に手記を寄せ、「再審請求はしない」「刑の早期執行を求める」とつづっていた。その理由は、「私の死を誰よりも強く望んでいる母を思うと、今生の別れを引き延ばすべきではない」。

 だが判決が出たこの日、早期執行を求めることには、親族らが反対していると藤田記者に明かした。

「生きることを望む人ができたことはありがたいと思う」(木嶋被告)

 あらためて裁判をふり返ってみよう。

 12年1月にさいたま地裁でスタートした一審。


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