平松さんは首のふるえ以外にはとくに症状は見当たらず、堀内医師は本態性振戦と診断し、薬物治療などを始めることにした。

 本態性振戦の治療指針では、高血圧の治療薬として知られるβ遮断薬やてんかんの治療薬が、最も推奨度が高い「A」となっている。ただし、β遮断薬は心機能の低下した人などには使えないという制限がある。

「これらの薬に先立って、症状が出やすいときだけ、事前に抗不安薬などを服用する治療もあります」(同)

 それで抑えられなければ、β遮断薬などの服用となる。

 平松さんはとくに心機能には問題がなく、β遮断薬が処方された。飲み始めて数日で効果があらわれたが、まだふるえが少し残った。

 首のふるえに対しては、首の筋肉へのボツリヌス毒素の注射が有効であることから、堀内医師はこの注射も加えた。これで、人前で首がふるえることはほとんどなくなった。現在も半年に1回、この治療を受けているという。首のふるえが抑えられた平松さんは、

「首のふるえのことを気にしなくてもいいだけで、これからの人生が明るくなる気がします」

 と、にこやかに話す。

 堀内医師が今、気にかけているのは、遺伝性の本態性振戦である。若いころに発症したふるえの多くは遺伝性だといい、働き盛りのころ仕事に支障をきたす可能性がある。

 堀内医師の患者の30代の女性は、父親もやはり手がふるえていた。20代の男性患者の場合、ふるえを抑えるため、同じく手がふるえる父親と一緒にひじをテーブルに押しつけるようにして食事をとっていた。堀内医師は言う。

「無理にがまんする必要はありません。ふるえは治療でき、しかもさまざまな方法があることをまず知ってほしい。一方で、本態性振戦なら進行することはなく、無理のない範囲で、手や首のふるえと付き合っていくのも一つの選択肢です」

 本態性振戦と診断されたが、薬物治療では十分な効果が得られない場合や、副作用などで服薬を続けられない場合もある。そうなると、ふるえに関与し、手足の動きを調節する脳深部の神経核(視床Vim核)に対する治療が選択肢に入ってくる。

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