石原慎太郎、伸晃、宏高親子は「永田町で終わった人」 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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石原慎太郎、伸晃、宏高親子は「永田町で終わった人」

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7月の都知事選投開票日、敗れた増田寛也氏の事務所に入る伸晃氏の表情は暗かった (c)朝日新聞社

7月の都知事選投開票日、敗れた増田寛也氏の事務所に入る伸晃氏の表情は暗かった (c)朝日新聞社

 石原家の凋落ぶりは顕著で、「永田町では終わった人」(自民党議員)扱いだ。

「慎太郎の政治家としての凋落の要因は親ばかですよ。新銀行東京で多額の負債を都民に押し付けたこと。当時の副知事は『やめたほうがいい』と説得したが、慎太郎は『伸晃のアイデアなんだ。伸晃は金融の専門家だから、絶対に大丈夫』と強行し、結果、大失敗した。もうひとつは四男、延啓を都の美術館の審議会のメンバーに入れ、都議会で問題になったこと。自称画家だが、何の実積もない四男を『才能がある』と言い、一般人にもかかわらず、フランスなどへ公費で出張させていた」(都庁関係者)

 政治家を引退後、ベストセラーとなった、田中角栄を描いた『天才』(幻冬舎)を書くなど作家活動に専念している石原氏。「文學界」10月号に掲載された精神科医、斎藤環氏との対談は、過激さから波紋を呼んだ。

 7月に発生した相模原障害者施設殺傷事件について、「あれは僕、ある意味で分かるんですよ。昔、僕がドイツに行った時、友人がある中年の医者を紹介してくれた。彼の父親が、ヒトラーのもとで何十万という精神病患者や同性愛者を殺す指揮をとった。それを非常にその男は自負して、『父親はいいことをしたと思います。石原さん、これから向こう二百年の間、ドイツ民族に変質者は出ません』と言ったので、恐ろしいやつだなと思って」(「文學界」から)

 こうしたマイノリティーに対する発言について、伸晃氏の地盤、東京都杉並区の太田哲二区議(民進)は「1983年の衆院選の際に騒がれた黒シール事件のときと全く変わっていない」と語る。黒シール事件とは、選挙期間中に衆院旧東京2区に立候補した故・新井将敬氏のポスターに石原氏の公設秘書が「(新井氏は)66年に北朝鮮から帰化」と記したシールを貼り付けた公職選挙法違反事件である。石原氏は「秘書がやった」と主張。そのときに逮捕された秘書が、豊洲新市場の建設を落札した鹿島建設の役員を務めている人物だ。


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