後の人間国宝も愛読したゲイ雑誌「薔薇族」 ノンケ編集長の苦労 (1/3) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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後の人間国宝も愛読したゲイ雑誌「薔薇族」 ノンケ編集長の苦労

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抜群のネーミングはギリシャ神話から…(※イメージ)

抜群のネーミングはギリシャ神話から…(※イメージ)

 社会風俗・民俗、放浪芸に造詣が深い、朝日新聞編集委員の小泉信一氏が、歴史の表舞台に出てこない昭和史を大衆の視点からひもとく。今回は、著名人も愛したゲイ雑誌「薔薇族」。

*  *  *
 雑誌の名前を聞いただけで、「ああそれは……」と内容を説明できるのは、その雑誌にとって大変な名誉である。男性同性愛誌「薔薇族」もまた然り。創刊号が書店に並んだのは1971(昭和46)年7月。A5判の70ページ。純文学関係の本を発行していた東京の出版社「第二書房」が出した。

 初代編集長を務めた伊藤文学さん(84)は言う。

「僕自身は今も昔もゲイではないが、偏見の目で見られ、社会の中で居心地が悪かった同性愛者の悩みを正面から受け止めるメディアは当時、会員制の小冊子だけだった。書店に置けば多くの人の目に付く。絶対に売れると思った」

 たしかにあのころ、マスターベーションをテーマにした本が出ただけで大きな反響があった。「健康に害がある」という俗説があり、深刻に悩んでいた男性も多かったのだろう。

 それにしても「薔薇族」というのは抜群のネーミングセンスである。「男同士が愛を営む場所は薔薇の木の下」というギリシャ神話から引用したそうだ。「薔薇」という2文字だけだと園芸関係の専門書と間違えられる心配もあるので「族」をつけたという。

 大手の流通ルートに乗せ、全国の書店で買えるようにした。伊藤さんは、書店に並んだ71年7月30日を「同性愛者の独立記念日」と呼ぶ。だが、当局からは早くもお叱りの声が届いた。男性の裸体写真。陰毛がちらりと見えただけで警視庁の風紀担当に呼ばれた。以来、始末書を書くこと二十数回、発禁処分は4回。華々しい戦歴である。


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