完全なる非日常ではない? 佐野史郎の「演劇論」 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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完全なる非日常ではない? 佐野史郎の「演劇論」

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※イメージ写真 

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 1975年5月、佐野さんが俳優として初めて立った舞台は、渋谷のジァン・ジァンだった。今や“伝説”となった、収容人数200人のアングラ小劇場である。以来40年が経ったが、「カッコつけるわけじゃなく、今までの活動はすべて準備期間で、今まさに俳優としてスタート地点に立っているような心境です」と話す。

「今まで俳優を続けてこられたのは、節目節目に、人や作品との出会いがあったから。それだけです。最初の5年はジァン・ジァンで22本、シェイクスピアの舞台に立ち、そこから『このまま俳優を続けるならば、憧れの唐十郎さんのところに行こう』と決意して、状況劇場の門を叩いた。唐十郎、李礼仙(麗仙)率いる劇団員の他にも、澁澤龍彦、種村季弘、中上健次、大江健三郎、色川武大、嵐山光三郎、村松友視といった文士たちも唐さんの周りには集う。錚々たる顔ぶれが出入りする中、僕は、部屋の片隅でいつも“何話してるんだろう”って耳をそばだてていました。相当豪華な“学舎”でした(笑)」

 初舞台から10年、唐さんから「そんな芝居では、映像じゃ通用しないぞ」と言われ、巨匠の作品を中心に古い日本映画を貪るように鑑賞。林海象監督と出会う。映画の道に足を踏み入れてからは当初二度と舞台には立たないつもりでいたという。

「僕は、俳優は演出家の代弁者であると思っているんです。演出家の眼差しを心底理解できなければ、身体だってちゃんと反応するはずがない。そんなときに、三島由紀夫の近代能楽集『葵上』を、歌舞伎役者の沢村藤十郎さんと一緒にどうかというお話をいただき、ならばと飛び込んだ。珍しく、辛口の四谷シモンさんにも褒めていただいて(笑)。舞台に立つと、自分のダメな部分、汚れている部分をつくづく思い知らされるんだけれど、ときどき、“あ、今のは全然ウソじゃないな”って思える瞬間に出会ったりもするんです」

 10年ほど前から、故郷・松江ゆかりの小泉八雲の怪談を朗読する公演を始めた。自ら台本を書き、高校の同級生でもあるギタリストの山本恭司さんが音楽を担当。声とギターとで幽玄の世界を浮かび上がらせる。

「舞台では、“ここから先はまったくの噓、フィクションです”というのではなく、日常と地続きの、内と外との境目がめくれるような感覚を体験してほしい。演劇を、完全なる非日常ととらえることに、僕はどうしても抵抗があるんです。僕が大好きな唐さんの世界では、劇場の外と内や、自分自身と役とは、明確に分けられるものじゃなかったですから」

 アングラ出身を自称する佐野さんが、アングラ演劇の女王だった白石加代子さんと、初めて舞台で共演する。「笑った分だけ、怖くなる」は、当代きっての人気作家による小説を“朗読する”スタイルを取る。芝居で、朗読劇なのに、噓のない世界。現実と物語の境目が、めくれる瞬間。

週刊朝日 2015年4月3日号


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