知らなきゃ楽しめない! 文楽の名セリフを紹介 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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知らなきゃ楽しめない! 文楽の名セリフを紹介

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豊竹咲甫大夫さん

豊竹咲甫大夫さん

イラスト・佐伯ゆう子

イラスト・佐伯ゆう子

 大阪を拠点とする伝統芸能で、世界文化遺産でもある人形浄瑠璃文楽。橋下市長による補助金廃止の問題などで名前だけは知っているという人も多いのでは? 江戸時代に始まったとされるが、実は現代の我々も身近に感じられる作品もたくさんある。人間国宝・竹本住大夫師匠の引退後、次世代を担う文楽太夫の一人、豊竹咲甫大夫さんが見どころならぬ“聴きどころ”を紹介する。

*  *  *
「南無三宝夜が明けた。身どもが役は夜の内ばかり」

 初めまして。豊竹咲甫大夫です。文楽の太夫を務めています。

 文楽は江戸時代に始まった芸能で、一体の人形を三人の人形遣いが操り、舞台袖で三味線の演奏とともに太夫が語る人形芝居です。太夫は物語の状況説明やすべての登場人物のセリフを基本的に一人で語り分けるので、心身ともにタフな役どころですが(笑)、名セリフに触れる機会も数多くあります。そこで、今後観に行ける演目から、私なりに注目の“聴きどころ”をご紹介したいと思います。

 今回取り上げるのは「双蝶々曲輪日記」。人気力士の濡髪長五郎が恩人の息子を助けるために人を殺め、お尋ね者になる話で、捕まる前に生き別れた母に一目会いたいと訪ねるラストシーンは見逃せません。段名は「八幡里引窓の段」。引窓とは天井にある明かり採りの窓のこと。舞台となる京都・八幡周辺は藪の多い土地で薄暗く、引窓のある家が多かったそうなんですね。この引窓と、引窓を開閉するための紐が物語の鍵を握るのですが、このように文楽は江戸時代の生活様式や風習に則って作られていますから、当時の文化を知ることができるのも醍醐味の一つかと。

 さて、場面は8月15日の前夜。息子の訪問を母が喜んで迎えると、そこへ母の継子である与兵衛が代官に昇格したと帰宅。初任務がお尋ね者の長五郎を夜通し捜索することだと知った母は大慌てに……。三者三様の心情がもつれるなか、ここで与兵衛がとった行動は凄い。動揺する母の言動からお尋ね者を二階にかくまっていることや、長五郎が母の実子であることを察するも一切追及せず。むしろ、長五郎に聞こえるように大声で逃げ道のルートを言い放つのです。本来なら手柄を立てるチャンス。長五郎を助ければ逆に不義を犯すことになりますから、与兵衛にとっては「情」と「義」の間で揺れる難しい判断だったはず。でも、母の実子への愛を感じ取って瞬時に機転を利かせ、手を差し伸べたのです。

 その後、長五郎は長五郎でこれ以上迷惑はかけられまいと捕まる覚悟を決め、母に引窓の紐で縛ってもらうと、捕まえろ、逃げろ、という男と男の意地の張り合いが繰り広げられます。そして、またしても与兵衛が見事な機転を! 自らの刀で長五郎を縛る紐を斬り、引窓が開いて月明かりで部屋がパッと明るくなったところで見出しの言葉を発するのです。つまり、夜が明けたから自分の任務は終わり、時間外だから知らないよと。なんとクレバーな即興芸でしょうか。続くセリフ、「明くればすなはち放生会。生けるを放す所の法」で、明けて15日は日頃の殺生を戒めるために鳥や魚を逃がす放生会という恒例行事があり、それに引っ掛け、長五郎を生かしたというわけです。

 実子と継子の違いはあれど、親を想う気持ちはそれぞれに深かった。今どきのコンプライアンス的には逃げ道を教えるなんてとんでもない話ですが、人の善悪は法で量れないと「情」を優先した与兵衛の姿に男としてのかっこよさを覚えます。

(構成・嶋浩一郎、福山嵩朗)

豊竹咲甫大夫(とよたけ・さきほだゆう)
1975年、大阪市生まれ。83年、豊竹咲大夫に入門。86年、「傾城阿波の鳴門」おつるで初舞台。著書に『豊竹咲甫大夫と文楽へ行こう』(旬報社)など

※「双蝶々曲輪日記」は11月1~24日、大阪・国立文楽劇場。午前11時開演。13日のみ休演。料金や空席状況の詳細は国立劇場チケットセンター(ticket.ntj.jac.go.jp


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