「村上海賊の娘」和田竜 TBSドラマでのAD時代「怒鳴られて蹴っ飛ばされて…」 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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「村上海賊の娘」和田竜 TBSドラマでのAD時代「怒鳴られて蹴っ飛ばされて…」

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週刊朝日
和田竜(わだ・りょう)1969年、大阪府生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。テレビ番組制作会社に入社、3年で退職し、繊維業界紙の記者に転職。2003年、映画脚本「忍ぶの城」で城戸賞を受賞。07年、同作を小説化した『のぼうの城』で小説家デビュー。累計200万部を超えるベストセラーとなり、12年に映画化された。『村上海賊の娘』で今年、吉川英治文学新人賞と本屋大賞を受賞。ほかの著書に『忍びの国』『小太郎の左腕』『戦国時代の余談のよだん。』(撮影/山本友来)

和田竜(わだ・りょう)
1969年、大阪府生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。テレビ番組制作会社に入社、3年で退職し、繊維業界紙の記者に転職。2003年、映画脚本「忍ぶの城」で城戸賞を受賞。07年、同作を小説化した『のぼうの城』で小説家デビュー。累計200万部を超えるベストセラーとなり、12年に映画化された。『村上海賊の娘』で今年、吉川英治文学新人賞と本屋大賞を受賞。ほかの著書に『忍びの国』『小太郎の左腕』『戦国時代の余談のよだん。』(撮影/山本友来)

村上海賊の娘 上巻

和田竜著

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のぼうの城 上

和田竜著

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 執筆に4年を費やした『村上海賊の娘』が100万部のベストセラーとなった新世代の作家・和田竜さん。同じく作家の林真理子さんとの対談で物書きになった理由を語った。

*  *  *
林:このあいだ「銀座百点」(老舗タウン誌)に和田さんのエッセーが載ってましたが……。

和田:ドラマADだったときのことを書いたやつですね。

林:そうです。制作会社のADだったころのつらそうな思い出が書いてありました。下っ端は寝る時間もないんでしょう?

和田:ないですね。僕はTBSのドラマに出向していたんです。ADには1stから4thまであったんですが、最下層の4thADから始めました。「愛していると言ってくれ」(TBS系)という番組が初仕事で……。

林:豊川悦司さんと常盤貴子さんが主演された人気ドラマですね。

和田:すごく大変な番組だったので、普通は1人しかいない4thADが3人いたんです。僕以外の2人はTBSの社員でしたが扱いはまったく一緒で、制作会社だからって差別されることはなかったですね。でもしょせん最下層なので、3人とも怒鳴られて蹴っ飛ばされて大変でした(笑)。

林:テレビ局志望だったんですよね。

和田:映画監督になりたかったんです。映画会社が映画監督を雇わない時代ですから、テレビ局に入ってドラマのディレクターをやって、そこから映画監督になれればと思ってたんですね。自分で脚本を書いてそれを撮れたらなと。

林:テレビ局、落ちちゃったんですか。

和田:キー局全部受けて、全部落ちました。面接が苦手でして。

林:面接までは行ったんですね。当時からそんな髪形だったんですか?ヒゲは?

和田:いえ、髪形はふつうでした。ヒゲも生やしてなかったと思います。これ……ダメですかね。たしかに評判は悪いんですけど(笑)。

林:おしゃれですけど、就職試験ではちょっと……(笑)。やっぱりテレビ局はコネがないと難しいのかな。

和田:いえ、ほんとに面接がダメだったんですよ。質問に答えながら、自分でもこれは受からないなと思いましたから。僕の一つ上の先輩たちは、とくにコネもなかったのに受かってましたからね。いまでもテレビ局に何人かいます。

林:「原作よこせ」とか言われません?

和田:『村上海賊』で来ました(笑)。

林:『のぼうの城』が大ヒットしたころから、手のひら返しだったとか? 「昔から君のことすごいと思ってたんだよ」とか(笑)。

和田:いえ、そんなにベタなのはなかったですね(笑)。

林:制作会社にいらしたときから、もう書かれてたんですか。

和田:多少は書いていたんですが、本格的にシナリオコンクールに応募し始めたのは、制作会社を3年でやめて、繊維業界の新聞社に入ってからですね。28歳のときです。

林:映画監督が夢だったということは、これからご自分で映画を撮られたりとか?

和田:それはないですね。「のぼうの城」は犬童一心さんと樋口真嗣さんのダブル監督だったんですが、お二人とも僕の知らない映画の題名をどんどん口にされるんですよ。ほんとに映画が好きな人ってこんなによく見ていて、しかもよく覚えてるんだなと痛感しました。しかもこの照明を当てたらこうなるとか、このカメラを使ったらこう撮れるとか、技術的なこともよく知ってるんです。僕、ADのときは下っ端だったので、弁当をいかに運ぶかとか、そんなことしか学んでこなかったので、「いまさら無理だな。監督やりたいなんて言っちゃいけないな」と思うようになりました。

林:バブルのころなら、いくらでも撮らせてもらえたみたいですよ。いい助監督を付けてもらえれば、なんとかなるって聞きますし。

和田:いえ、やっぱり映画は映画監督に撮ってほしいですね。監督業はすっぱりあきらめて、それで脚本家を目指したところがありますから。

週刊朝日  2014年10月3日号より抜粋


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