安倍晋三首相が掲げた経済政策アベノミクスの「三本の矢」。第3の矢が放たれる今、必要なのは二つの大玉だとジャーナリストの田原総一朗氏は訴える。

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 連休明けの5月7日の株式市場で、日経平均株価が前週末に比べて424円超下落して1万4033円となった。9日の終値は1万4199円となったが、昨年末に比べると2千円以上、下落している。

 その原因については諸説あるが、主因はアベノミクスの「第3の矢」、つまり成長戦略への期待が揺らいでいることではないだろうか。第1の矢の異次元の金融緩和、第2の矢の財政出動・公共事業はわかりやすかったが、第3の矢がどのような展開になるのか、投資家、そして私たちにもよくわからないのだ。

 6月に追加発表される成長戦略では「国家戦略特区」が打ち出されるが、その特区制度で具体的に何が変わるのか。率直に言って、ほとんどの国民はわからないのではないか。

 私は、安倍晋三首相は、国民に向けて、というよりも世界に向けて、わかりやすい「大玉」を打ち上げるべきだと思う。その大玉の一つは、反対論も少なからずあるだろうが、大胆な法人税の引き下げである。日本の法人税は35.64%(東京都)と世界の中でも高い。例えば韓国は25%である。何とか20%台に引き下げられないものか。

 4月から消費税は3%高くなった。個人、つまり消費者の負担を重くして企業ばかり優遇するのか、という反論も出るだろうが、企業が楽になればサラリーパーソンに跳ね返ってくるはずだ。安倍首相は、ダボス会議での演説でも大胆な法人税減税を約束しているのである。

 もう一つの大玉は「人事」だ。

 5月9日で、安倍内閣は発足から500日となった。この間、一人の閣僚の交代もないというのは戦後最長記録である。それだけに、入閣を待ち焦がれている議員も多いはずだ。だが、私が注目している「人事」は、実は内閣改造のことではない。

 5月末に内閣人事局が発足する。これからは各省庁の幹部約600人の人事を、内閣人事局が名簿を取りまとめて一元管理することになる。極端にいえば、財務省の局長と経産省の局長を入れ替えることもできる。つまり、省庁の壁を超えた大胆な人事ができるのだ。

 過去、歴代内閣で閣僚の顔ぶれがいかに変わっても、さほど変化は起きなかった。なぜならこの国の統治機構は、霞が関の官僚が大きな権限を握っているからだ。そこで省庁幹部の人事を一元管理する「内閣人事局」が発足することになったのだ。

 メディアでは、内閣人事局構想は甚だ評判が悪い。首相や官房長官、あるいは官房副長官など官邸を中軸とした政治家たちによる“えこひいき”人事が行われる、人事の公平さが損なわれる、などの強い批判が氾濫している。だが、こうした批判の源を探ると、実は官僚筋からのリークであることが多い。官僚たちとしては、幹部の人事権が政治家に奪われることが我慢ならないのである。

 なお、内閣人事局長には官房副長官の一人が就任することになっているが、各新聞、テレビは初代局長に、杉田和博官房副長官が就任すると決まったかのような報じ方をしている。だが、これも源を探ると官僚筋のリークであり、杉田氏は警察官僚出身なので、彼が局長になれば介入が最小限に抑えられるという思惑が働いているのであって、内実はまったく白紙の状態であるようだ。

 安倍首相がどれほど大胆な人事を行えるのか。アベノミクスの覚悟がのぞき見えることになる。

週刊朝日  2014年5月23日号

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田原総一朗

田原総一朗

田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年、滋賀県生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。早稲田大学特命教授を歴任する(2017年3月まで)。 現在、「大隈塾」塾頭を務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数

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