心理学者の小倉千加子氏は、人から薦められた本はすぐに読むようにしているという。最近薦められた「面白い本」について、次のように話している。

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 人から本を薦められると、私はすぐに読むようにしている。推薦の理由には2種類あって、「面白いから」という以外に、「違和感があるので感想を聞きたいから」というのがある。どちらの場合もすぐに読んでみるが、「面白い本」というのは、薦める人も薦められた人も「電車の中で読んでいて声を出して笑った」というふうに、読んだ人を次々に明るい気分にさせる本、即ち「明るい本」だった。これには今まで例外がない。

 百田尚樹という人などは人相としては最高の吉相をしていて顔からして明るいが、「明るい」ということは人間にとって最大の魅力ではなかろうか。

 最近、「面白いから」と薦められた本を電車の中で読んでいるうちに、この本の著者の顔も百田尚樹のような吉相に違いないという気がしてきて、しかし著者の写真が載っていない。ひょっとして暗い顔をした人だったら詐欺のようなものだ。

 高橋秀実著『男は邪魔!』(光文社新書)の著者紹介文には、「テレビ番組制作会社を経てノンフィクション作家に」と書いてある。私はそれで百田尚樹に似ているに違いないと思ったのだろう。

「『私たちは結婚していること自体がおかしい』ある日、妻にいきなりそう言われ、私は『えーっ』と声を上げた」

 タイトルの「男は邪魔!」は著者が妻から毎日のように言われている言葉なのである。

「かれこれ25年にわたって私はインタビューというものを続けてきたが、今更ながらしみじみ思うのは、男に訊いても埒が明かないということである。話をしても何ひとつ解明しない」

「私が質問をすると、男は自分が知っていること、あるいは『自分は知っている』ということを語りたがる。しかし、往々にしてそれは私の聞きたいことではない。それに知っていることというのも大抵は私も知っていることで、たとえ知らなくても、それはどうでもよいことなのである」

 著者によれば、東京・霞が関に「家庭内弱者の会」という団体があるという。

「メンバーは国家公務員キャリアの40代50代の男たち。それぞれの家庭で『弱者』だと自認する彼らが、夜な夜な居酒屋に集まって慰め合っているのである」

「『生活の局面局面で、何かをすると“邪魔だ”と言われるわけじゃないんです』
――ではどういうことで……。
『存在自体が邪魔みたいなんです』
――存在自体?
『そうです。気分的に邪魔というんでしょうか。空間を共有したくない、ということでしょうか。家に帰ると、なんかこう、“お前なんか顔も見たくない”という感じなんです』」

 著者は「『邪魔だ』と言われているのが自分だけではない」と安心するのだが、このエッセイは夫婦のすれ違いを示す例示が明るい。

「彼女に『濃紺のTシャツを持ってきて』と言われて持っていくと『これは黒じゃないの』と指摘される」

「色の分別とは詰まるところ言葉であり、言葉の機微なのである。(略)
――これは緑だよ、ね。
私は着ているジャージをつまんだ。
『だから、それはグレイだと言っているでしょ』(略)
――やっぱり緑じゃん。(略)
『緑がかったグレイでしょ』
――でも緑。
『それおかしいでしょ。グレイが主なんだから。なんで間違いを認めないの』」

「色の名前」に関する第4章は向田邦子「花の名前」のパロディである。

週刊朝日 2013年8月2日号