特 集 障害者に愛されるテレビとは!? 私たちが放送に期待すること ~障害者の現場から (1/3) 〈GALAC〉|AERA dot. (アエラドット)

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特 集 障害者に愛されるテレビとは!? 私たちが放送に期待すること ~障害者の現場から

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権利条約の大切さをやさしく説いた絵本(汐文社)

権利条約の大切さをやさしく説いた絵本(汐文社)

NPO法人日本障害者協議会代表
日本障害フォーラム幹事会議長
藤井克徳

NPO法人日本障害者協議会代表 日本障害フォーラム幹事会議長 藤井克徳

障害者をめぐる問題は、いかに「当事者意識」を持てるかがカギとなる。
障害のある人たち、そして現場で支える人たちにとって、現在のメディア状況はどう映っているのだろうか。

 
●社会のリーダー層の中にも横たわる優生思想 
 
 2016年7月26日の未明、神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた殺傷事件の第一報を、私は早朝のラジオで聞きました。何かいやな予感がしました。「T4作戦」のことが頭をよぎったのです。
 「T4作戦」とは、ナチス政権がユダヤ人虐殺の前にドイツ人の障害者や病気の人を殺害した計画です。結局20万人以上がガス室で殺されました。この事実を番組にできないかと私はNHKと共同取材し、ETV特集「それはホロコーストの“リハーサル”だった~障害者虐殺70年目の真実~」などの番組が制作されて、15年と16年に放送されました。
 やまゆり園の事件では、容疑者が元職員であること、衆議院議長に「障害者を抹殺する」という手紙を出していたことがわかってきて、いよいよT4作戦とオーバーラップしました。
 人類の遺伝的素質の改善を目的とする「優生学」は、イギリス、ドイツなどで19世紀後半から広がり、スウェーデンやアメリカでは遺伝性障害のある子どもの誕生を防ぐ「断種」が行われていました。ドイツで1920年に精神科医と法律家が「価値なき生命の抹殺行為を解禁する」という趣旨の本を出し、33年に政権を獲ったヒトラーがこれを利用します。優生思想はヨーロッパを中心にじわじわと広がり、ヒトラー政権で極みに達したのです。
 T4作戦による障害者の抹殺は、600万人以上の命が奪われたユダヤ人虐殺のいわばリハーサルでした。このことは長年ドイツでも日本でもほとんど知られていませんでした。ETV特集が再放送されている時期にやまゆり園の事件が起き、こんな形で優生思想が日本に姿を現したことは驚きでした。
 報道によると、植松聖容疑者の自宅にはヒトラーに関する資料はなく、本人が供述したようなヒトラーの影響というより、もともと持っていたナショナリズム的な発想と優生思想が合体した結果のようです。彼の行為はもちろん看過できませんが、日本にこういう思想を許す土壌があることに目を向けなくてはなりません。
 過去を振り返ると、1966年から74年まで、兵庫県は「不幸な子供の生まれない県民運動」を行いました。また、99年に石原慎太郎都知事は重い障害のある子どもを見て、「ああいう人に人格はあるのかね」と発言しました。07年には愛知県の神田真秋知事が「いい遺伝子」「悪い遺伝子」という言葉を使い、09年には鹿児島県阿久根市の竹原信一市長が「高度な医療が障害者を生き残らせている」という趣旨のブログを書いています。記憶に新しいところでは、15年に茨城県教育委員会の長谷川智恵子委員が特別支援学校を視察して、「こういう子は出生前になんとかならなかったのか、障害者はもっと減らせるのではないか」といった発言をしました(役職はすべて当時)。日本ではこういう社会のリーダー層のなかにも、また行政の施策にも、優生思想が横たわっています。
 
●被害者の匿名報道に見るメディアの主体性の欠如 
 
 やまゆり園の事件の翌月、私が日本外国特派員協会で講演したときに質問されたのは被害者の匿名報道についてでした。個人的には被害者を尊重するために名前は公表すべきだと思っています。名前、年齢、性別を知ることによって、私たちの手の合わせ方も変わってきます。
 ETV特集のなかに出てきますが、T4作戦のあと、ある父親はナチスに虐殺された障害者の妹の名前を、死ぬまで娘に明かしませんでした。家族のなかに妹はいないことになっていたのです。ナチスに殺され、家族にも黙殺され、二重の殺人になっていたと、その娘が語っています。やまゆり園の事件では家族が匿名を希望したと警察は言っています。もしそうだとしたら、家族の結婚や就職に影響するといった理由があるにしても、もう一歩踏み込んでほしいと思うと同時に、家族にそう思わせてしまう背景が社会の側にあることを感じます。これがこの国の障害者観の到達点というのは辛い話です。
 事件後の報道は容疑者の措置入院と施設の防犯対策に集中しました。県が設置した事件の検証委員会が、テーマをこの二つに絞り込んでしまったからです。これは特化したというより矮小化に近い。障害者をとりまく社会が投影された事件ですから、もっと深い検証が必要です。


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