Fさん:そうですか。ではもう一つ。全摘の場合と温存プラス放射線治療では、何年後かの生存率にほとんど変わりはない、とお聞きしたと思うのですが、私、間違っていませんか?

医師:その通りです。研究結果によると、数値は全摘の方が少しだけ低いのですが、これは統計学的には意味のある差とは言えず、両者はほぼ変わらない、と言えます。

Fさん:よく分かりました。いろいろ迷うのですが、今日改めてお話を伺って良かったです。先生、今日お返事をお伝えすると言っていましたが、申し訳ありませんが明日まで待ってもらえますか。自分の考えをもう一度まとめて、夫と、それから娘たちと今晩話して明日お知らせします。

医師:よく分かりました。では、明日お待ちしています。もし、何かさらに必要な情報やご質問などありましたら、遠慮せずにお電話ください。

Fさん:ありがとうございます。

【このときの医師の気持ち】

 全摘か温存か、決めるのに必要なすべての情報を提供した、と思っていたが、決断するにはFさんの心の中では今一つ何かが足りなかったようだ。何と言ってもがんなのでそう簡単に決めることはできない、特に女性の体の大事なところなので、当然だろう。でも、今日は何がどのように決めきれなかったのか、順序良く整理して聞いてきてくれたので、こちらも前から繰り返しになったことも多かったけど、何がどう分かっていなかったのかが分かったので、Fさんとは深い部分でつながり、大切なことを共有できたような気がする。今日、娘さんたちも含め、家族で話して決めると言って帰ったので、全摘か温存か、どちらにしても決断は尊重しよう。

【解説】

 エピソード2でのFさんはしっかり自己説得ができています。人間が、人から何か言われて自分の考え方や行動を変えたり、今までやっていたことをやめたり、あるいは新しいことを始めたりといったことを説得行動と呼びます。「説得」という言葉にはするほうにも、されるほうにも、いかめしい、できれば避けたいという意味合いが含まれています。

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医療の状況でのコミュニケーションには常に説得の要素が含まれる