【解説】

 医師も認めている通り、Fさんが決断できていないのは、Fさんだけの問題、責任ということではなさそうです。医師の説明が十分ではなかったり、明瞭ではなかったりした結果、術後の状態や考えられる可能性、危険性などについてFさんが十分に理解、納得しないままこの日を迎えたことは明らかです。

 しかし、困難だが重要な意思決定をするには、医療者からできる限りの情報を引き出す役割を患者が果たすべき、ということも事実です。同じ説明を繰り返してもらうのは「時間の無駄」とか、「申し訳ない」、「失礼」などとは考えず、分かるまでしっかりと求めるのが患者の役割力です。この場でいくら説明されても自分だけでは決められないのであれば、「もう数日待ってもらいたい」とか、「今日もう一度夫と相談するので、その後できるだけ早くお知らせする」などと伝えて、医師との話を患者主導にして、患者中心型医療や、真のSDM(意思決定の共有)やPDM(参加型意思決定)の実現に向けて患者ができること、やるべきことも決して少なくはないのです。

■エピソード2

Fさん:先生、いろいろと考えたのですが、全摘出と温存と、どちらにすれば良いか決められなくて困っています。もう一度大切なことを確認したいのですが。

医師:そうでしょうね。大切な決断ですから、納得いくまで質問なり希望なり聞きますよ。

Fさん:ありがとうございます。私の乳がんは、温存療法が適用できるぎりぎりのケースということでしたよね?

医師:そうです。腫瘍の場所、大きさ、数、進行度などの点でおっしゃる通りぎりぎりのところですね。これらの一つでも違っていれば全摘のほうが良さそうなのです。

Fさん:それから、全摘の場合は術後の胸の形は当然ですが、運動能力に障害が残ることもあると聞きましたが、それはどうなんですか?

医師:確かに可能性としてはありますが、今はリハビリの技術も進んでいますし、もちろん努力は必要ですが、今と大きくは変わらない状態まで戻すことも無理ではありません。それから、今は形成外科による乳房再建もかなり進歩していますので、全摘+乳房再建を選ばれる女性も増えてきました。

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