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コロナ禍のイスラエルで、デモが激化している

連載「金閣寺を60回訪れたイスラエル人教授の“ニッポン学”」

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ニシム・オトマズキンdot.
デモの象徴とされている写真(ニシム・オトマズキン提供)

デモの象徴とされている写真(ニシム・オトマズキン提供)

夜になってもデモは続く(ニシム・オトマズキン提供)

夜になってもデモは続く(ニシム・オトマズキン提供)

 この2週間にわたって、イスラエルのエルサレム中心部にある首相公邸の前で、大規模なデモが連日行われています。デモの参加者は、若者や年配者、ひとりの人もいれば家族で参加している人たちもいます。デモの目的は政府のコロナ対策への批判ですが、特にその政策を指揮し、14年間の長きにわたって首相を続けているネタニヤフ氏への反発が大きいのもその理由です。

 時々デモが過激になって参加者が道路を占拠することになります。そんな時は当局も放水をするなど実力行使に出て、参加者を逮捕することもあります。にもかかわらずデモは続いています。

 ここに一枚の写真があります。デモの象徴とされている写真で、ひとりの若者が警察による放水にもかかわらず、イスラエル国旗を抱えて道路から動くのを拒んでいるのです。

 コロナが蔓延し始めたころ、イスラエル政府の対応は比較的うまくいっていました。政府はいち早く国境を封鎖し、3月から4月にかけてビジネスや、店舗、学校などが閉じられました。5月初旬にはコロナによる死者は300人以下で新たな感染者はごくわずかになりました。ここで政府はすべての閉鎖をいっぺんに解除してしまったのです。ビジネスやエンターテインメント、学校、店舗の営業、海岸までも(これは国民に人気があったのですが)もとの状態に戻りました。

 その後に来た第2波は大惨事をもたらしました。本日まで、900万人の国民から6万人を超える感染者が出て、毎日約2000人の新規感染者、計約400人の死者を数えています。最初の第1波が広まった時、多くのイスラエル人はビジネスを閉鎖しました。そして多くの人が仕事を失いました。

 この第2波でも政府は再びビジネスを閉鎖しようとしましたが、国民は抵抗しました。レストランや店舗経営者は、政府がたとえ閉鎖させようとしても私たちは店を開け続ける、と話しています。子どもを持つ親たちは、夏の学校を閉鎖するという方針に強く抵抗しています。学校が閉じて、子どもたちが家にいるようになると親たちは働きに行けなくなるからです。政府はこの方針も諦めざるを得ませんでした。

 緊張を鎮める試みもあります。政府は国民全員に給付金2万4000円、ひと家族に9万4000円を与えると発表しました。政府は日本の方針を参考にして、給付金は消費を押し上げ、経済再生の助けになると言っています。しかし、イスラエル国民は、すべての人に一律にお金を与えるのは公平ではないとして反対しました。そしてそのお金は高齢者や貧困層に与えるべきであると言っています。一部の人は、ネタニヤフ首相は国民の不満をお金によって黙らせようとしていると批判しました。そしてすぐにこの計画は中止されました。


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