身体拘束の応酬は、日本も経験している。10年に起きた尖閣諸島(沖縄県石垣市)での中国漁船衝突事件では、海上保安庁が中国人船長を逮捕。中国は報復として同国本土にいた日本人会社員4人を拘束したうえで、日本政府に船長の釈放を要請した。結果として、中国人船長は処分保留で釈放された(日本人会社員も後日解放)。中国人船長の処分保留について日本政府は、「那覇地検独自の判断」と説明したが、当時の官房長官だった仙谷由人氏は後に、検察当局に船長釈放を働きかけたことを産経新聞のインタビューで明らかにしている。

 前出の田中氏は言う。

「特捜部は、現在でもゴーン氏を逮捕した容疑についてほとんど説明していない。一方で、マスコミを利用してゴーン氏を悪者にする情報を次々とリークして、印象操作をしている。日産をめぐっては日仏の自動車産業戦争の側面もあることから、フランス政府は、この動きは日本政府が特捜部を使ってゴーン氏を追放しようとしていると認識しているのでしょう。もちろん、表向きは両国政府とも司法当局への介入は否定します。しかし、これほどの事態になれば政府間で水面下の交渉をせざるをえません」

 実は、フランスはすでに警告を発していた。フランス大統領府は、ゴーン氏の逮捕直後から広まっていた日産の日本人経営陣によるクーデター説に「陰謀なら外交的にかなり深刻な危機を引き起こす」とコメントしていた。元駐日フランス大使のフィリップ・フォール氏は、一連の捜査について毎日新聞の取材に「民主主義の国はこういうやり方をしない。今、日本で起きていることはサウジアラビアで起きていることのようだ」(昨年12月10日付)と、厳しく日本を批判していた。

 一方、特捜部はフランスほか国際社会で巻き起こった批判を無視。ゴーン氏の勾留を続け、東京地裁が勾留延長申請を却下したにもかかわらず、昨年12月21日に3度目となる逮捕を実行した。それだけではない。ゴーン氏がやせ細った姿で今月8日に東京地裁に出廷したことは、フランスのみならず世界中に衝撃を与えた。米国のウォール・ストリート・ジャーナル紙は社説(9日付)で、少女が奇妙な世界に迷い込んで不可思議な体験をする児童小説「不思議の国のアリス」になぞらえて、「不思議の国のゴーン」と日本を批判した。

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パワーポリティクスの介入を招いた特捜部の罪