生き残った兵士たちを監禁… ミッドウェー海戦大惨敗を隠すために国がしたこと

朝日新聞出版の本

2018/08/15 07:00

講演中の瀧本さん。7月23日に大阪市内で撮影
講演中の瀧本さん。7月23日に大阪市内で撮影
若かりしころの瀧本さん
若かりしころの瀧本さん

「あの戦争」から73年。今年4月に総務省が発表した資料によると、戦後生まれが日本の総人口の82.8パーセントを占め、「平成」生まれも25.6パーセントと4分の1を超えた。

【若かりしころの瀧本さん】

「戦争を知らない世代」が増えつづけていくことは、本来ならば喜ばしいことに違いない。それだけ「平和」が続いてきたということでもあるからだ。

『96歳 元海軍兵の「遺言」』の著者であり、戦争体験の語り部活動を続けている大阪市の瀧本邦慶さん(96)は、1941(昭和16)年11月、千島列島の海にうかぶ航空母艦「飛龍」の中で20歳の誕生日をむかえた。そのまま約2週間後のハワイ・真珠湾攻撃に向かい、翌42年6月のミッドウェー海戦にも身を投じた。敗戦の知らせを聞いたのは、「餓死の5分前」まで追いつめられた南太平洋の小さな島でだった……。

■17~23歳、青春時代=戦争

 瀧本さんは、1921年11月23日、香川県の農村でうまれた。そして17歳の初夏、海軍を志す。20歳の徴兵検査まで待たなかったのは、「大きくなったら兵隊さんになる。お国のために死ぬ。それこそ男子最高の名誉である」と信じていたからだ。それが当時の常識でもあった。両親も、学校の先生も、地域の人も上から下までそう思っていた。「これはおかしい」と疑問を感じるきっかけなどなかった。心の奥底はいざ知らず、みんながみんな同じことを考え、同じ方向をめざしていた。子どもの戦死を親が言祝(ことほ)ぐ時代だった。

 最終階級は下士官。下っぱ兵の目で見た戦場に「かっこいい物語」は一つもなかった、とふりかえる。

 ミッドウェー海戦で沈みゆく空母飛龍からほうほうの体で逃げだしたとき、無数の戦友の死体を見た。

「手も足も頭もばらばらにちぎれている戦友の姿をようけ見ました。体がまっぷたつに壊れたもん。五つにも六つにも壊れたもん。足がなくて焼け死んどるもの。腰から下が吹き飛ばされておるもの。飛びちっている手や足。助けを求める声はありませんでした」

■監禁、そして死地へ

 大惨敗のミッドウェー海戦から帰ってきた瀧本さんを待っていたのは、病棟への監禁だった。

「なんでやと。罪人あつかいやないか。俺ら、そんな悪いことした覚えはないわ。そう思とりますやん。こんなばかな話はないと腹がたちました」

 理由は新聞報道で知った。「我が方の損害」として空母1隻喪失、同1隻大破という大本営発表が書かれていた。


NEXT

事実を漏らされないようにと監禁?

1 2

あわせて読みたい

  • 96歳元海軍兵が明かす「下っ端が、生き地獄を生き残るには3度も奇跡が必要」

    96歳元海軍兵が明かす「下っ端が、生き地獄を生き残るには3度も奇跡が必要」

    dot.

    6/9

    「海軍T事件」が再び…96歳元海軍兵が脳梗塞を患っても語り部をやめられない理由

    「海軍T事件」が再び…96歳元海軍兵が脳梗塞を患っても語り部をやめられない理由

    dot.

    8/15

  • 「戦艦大和」沈没70年 きょう海自機が“鎮魂飛行”

    「戦艦大和」沈没70年 きょう海自機が“鎮魂飛行”

    dot.

    4/7

    奇襲!真珠湾 「空母加賀」航空兵が回想する米戦艦を雷撃した“あの瞬間”

    奇襲!真珠湾 「空母加賀」航空兵が回想する米戦艦を雷撃した“あの瞬間”

    dot.

    12/8

  • 「戦艦大和」と「武蔵」には“妹”がいた! 幻の巨艦「信濃」とは!?

    「戦艦大和」と「武蔵」には“妹”がいた! 幻の巨艦「信濃」とは!?

    dot.

    3/13

別の視点で考える

特集をすべて見る

この人と一緒に考える

コラムをすべて見る

カテゴリから探す