「六本木純情派」の歌詞は雨の高速道路で、少女が車から飛び出すシーンから始まる。実はこのシーンにも裏話があるという。

「これは首都高なんですが、当時は首都高の路肩には車を止められるくらいのスペースが空いていて、よく若いカップルがいやらしいことをしていた。『六本木純情派』の少女はその最中に傷心して逃げ出し、六本木を彷徨うというストーリーなんです」(売野氏)

 自身の代表曲の冒頭に生々しい濡れ場が隠されていた――。これは荻野目氏にとっても初耳で、「ちょっと待って下さい、頭がいっぱいいっぱいになってきました」と赤面する一幕も。売野氏は続ける。

「首都高で車から飛び出した後、六本木に移動するまでの経緯なのですが、実は首都高の路肩には非常階段があり、すぐに街に降りることができるんです。少女はそれを使って六本木に行ったわけです。実はこの一連の流れは村上春樹さんの小説『1Q84』の冒頭ととても似ている」

 たしかに「1Q84」は主人公の女性・青豆が首都高で渋滞に捕まり、非常階段を降りていくシーンから始まる。

「僕は村上さんの小説が大好きなんですが、実はあのノーベル賞候補作家が『六本木純情派』からインスピレーションを得たんじゃないかな、この曲のファンなんじゃないかな、なんて夢想したりします(笑)」

 村上春樹氏が『六本木純情派』のファンかどうかは定かではないが、売野氏が生み出した作品が今も多くのファンの心を捉え、感動を生み続けているのは確かだ。

「80年代って、『六本木純情派』もそうですけど、30数年経っても歌える歌、思い出せる歌がいっぱい生まれました。それらは時代のシンボルとなるような、ある意味で求心力のある歌だった。今の御時世はそういう歌が聞こえてこなくなってしまったけれど、ポップミュージックの役割ってみんなに夢を見てもらう、みんなを魔法にかけること。それがいつの時代もかわらないポップミュージックの役割なのだと思います」(売野氏)

 80年代を牽引した作詞家が、2016年の音楽シーンにどんな波紋を起こすのか。売野氏の今後の活動から目を離せない。(取材・文/小神野真弘)