今村夏子(いまむら・なつこ)/1980年広島県生まれ。2010年「あたらしい娘」で太宰治賞を受賞。「こちらあみ子」と改題、同作と新作中短編「ピクニック」を収めた『こちらあみ子』で2011年に三島由紀夫賞受賞。2017年『あひる』で河合隼雄物語賞受賞。著作に「父と私の桜尾通り商店街」「白いセーター」(撮影/写真部・小原雄輝)
今村夏子(いまむら・なつこ)/1980年広島県生まれ。2010年「あたらしい娘」で太宰治賞を受賞。「こちらあみ子」と改題、同作と新作中短編「ピクニック」を収めた『こちらあみ子』で2011年に三島由紀夫賞受賞。2017年『あひる』で河合隼雄物語賞受賞。著作に「父と私の桜尾通り商店街」「白いセーター」(撮影/写真部・小原雄輝)
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 第157回芥川龍之介賞の候補作が20日付で発表され、今村夏子さんの新作「星の子」がノミネートされた。ほかの候補作は、温又柔さんの「真ん中の子どもたち」、沼田真祐さんの「影裏」、古川真人さんの「四時過ぎの船」と、4作品が並んだ。

 なかでも注目なのが、デビューから7年、これまで単行本は『こちらあみ子』(太宰治賞、三島由紀夫賞受賞作)と『あひる』(芥川龍之介賞候補、河合隼雄物語賞受賞作)の2作と、寡作ながらも作品を発表するごとに熱狂的なファンを増やしつづけている今村夏子さんの待望の新作として、発表直後から新聞をはじめ各紙誌で話題となった「星の子」。一体どんな小説なのか。

「まちがいなく作者の大きな転換点になる作品」と太鼓判を押す、翻訳家・鴻巣友季子氏に作品の魅力を聞いてみた。

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 ものを知っている人のほうが、知らない人より賢い。一般的にはそう考えられている。ところが、「知らざる人の目」を通してくっきり見えてくるものがある。知らない、見えない、わからないというのは、知った、見えた、わかった後からすると、二度と取り戻せない「力」でもあるのではないか。今村夏子の『星の子』を読んで、そんなことを思う。

『星の子』は、ひとりの少女が目覚めに向かう物語であり、一方、「知らざる人の目」を失っていく、子ども時代との別れの物語でもあるだろう。

 語り手は現在、中学校三年生の「林ちひろ」。ちひろと家族の来し方が、おおむね時系列順に回想されていくシンプルな構成だ。

 今村夏子は前作「あひる」でも新興宗教を扱っていたが、本作ではそれが物語の中心にくる。未熟児で産まれたちひろは病弱で、五歳のころには、原因不明の湿疹に悩まされた。真夜中に起きてかゆみで泣き叫び、父母はなすすべもなく「おいおい」泣いた。父が会社の同僚の「落合さん」に相談すると、よろずの病に効くという水を分けてくれ、その水でちひろの体を洗ううちに、二カ月ほどで湿疹が全快――これが、ちひろの父母がこの宗教にはまっていくきっかけだった。

 この教会は「金星のめぐみ」という怪しげな聖水や水晶や花瓶を売り、県境に「星々の郷」という広大な教団の施設をもち、系統だった幹部組織を有している。と聞けば、信者以外はみんな、「それってカルト宗教じゃん!」とツッこむだろう。しかし、今の教会の説明は私が本書を読み通してから(すなわち「知る人」が)書いたものであり、作中にこんな表現でまとめられているわけではない。『星の子』は全編、いまだ「知らざる人」の視点で書かれており、そのため視野は狭く、知識はかぎられ偏っており、基本的には語り手がその時々の年齢なりに理解し記憶していることしか語られない。

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