さいたま市の氷川神社に建立された戦艦武蔵の顕彰碑
さいたま市の氷川神社に建立された戦艦武蔵の顕彰碑
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手を合わせる戦艦武蔵の元乗組員
手を合わせる戦艦武蔵の元乗組員
沈没した戦艦武蔵を発見した「オクトパス号」の船長・ヤニック・オルソン氏(中央)
沈没した戦艦武蔵を発見した「オクトパス号」の船長・ヤニック・オルソン氏(中央)
祈りを捧げる参列者
祈りを捧げる参列者
戦艦武蔵について説明する碑も建てられた
戦艦武蔵について説明する碑も建てられた

 太平洋戦争中、フィリピン近海で沈んだ戦艦武蔵の顕彰碑が10月24日、さいたま市の大宮氷川神社で建立された。戦艦武蔵が沈没したのは、1944年10月24日。それから71年……元乗組員や遺族の悲願であった顕彰碑がようやく建てられた。

 武蔵乗組員の慰霊碑や顕彰碑は、これまでフィリピンのルソン島や前橋市に建てられている。ただ、戦没者全員を顕彰したものはなかった。昨年、元乗組員や市民の有志らを中心に「戦艦武蔵顕彰会」が結成され、新たな顕彰碑の建立を目指してきた。武蔵艦内にあった神社は大宮氷川神社を分祀したという縁があることから、大宮氷川神社が顕彰碑の設置場所に選ばれた。

 この日の式典には武蔵の元乗組員や遺族をはじめ、今年3月に沈没した武蔵を発見したヨット「オクトパス号」のヤニック・オルソン船長も参列した。

 武蔵で軍楽隊に配属されていた種村二良さん(90)は「武蔵神社のふるさとである氷川神社に、ついに顕彰碑を建てることができた。これで死んだ戦友たちも浮かばれるのではないか。ただ、70年という時間は長かった。もう少し早く碑を建ててあげたかった」と話す。

 同じく元乗組員の大場貢さん(90)は、「顕彰碑ができたことで、毎年10月24日に慰霊祭が行われることになり、生きる喜びが増えた。来年も必ずここに来たい」と語った。

 一方、ヤニック・オルソン船長は「遺族や元乗組員の方と一緒にこうした式典に参加できて大変光栄だった」と感激した様子だった。

(ライター・河嶌太郎)