秘書のように会話するスマートフォン、質問の意味を理解したうえで答えを返す検索エンジン、自ら部屋を動きまわってゴミを吸い込むロボット掃除機。いずれも優れた人工知能(AI:Artificial Intelligence)の進化によって実現した製品やサービスである。今、AI技術が一般消費者の目に見え、手にとって使える身近な存在として、大きく花開こうとしている。AIの現状と、その進化が生み出す無限のビジネスチャンスについて言及しているのは、KDDI総研リサーチフェロー・小林雅一氏の書籍『クラウドからAIへ』だ。
AIの研究開発を主導しているのは、アップルやグーグル、フェイスブックのようなIT企業や、欧米や日本の大手メーカー。厳しい競争を勝ち抜いてきた世界的企業が業界の現状を分析し、次世代のビジネスにはAIが欠かせないと判断したうえでの研究開発である。
例えば、グーグルでは、ユーザーの検索結果を元に、巨大データベース「ナレッジ・グラフ」を構築している。ナレッジ・グラフは、ウェブ空間を休むこと無く探索し、様々な情報を機械学習によって収集。情報の意味や言葉との関係を統計的に分析しては、複雑に構造化されたデータベースに追加していく。この技術により、ユーザーが知りたいこととウェブ上にある情報を、より的確に結びつけられるようになった。また、優秀な機械学習システムを駆使することで、データ入力と分析に伴うコストや時間を、劇的に削減できるというメリットもある。
グーグルをはじめとする強豪企業がAIを必要とするのは、彼らが人の行動や買い物の記録などを集めた「ビッグデータ」争奪戦の渦中にいるためである。AIとビッグデータは、表裏一体の関係にある。ユーザーの購買履歴やパソコンでの検索結果などの大量なビッグデータを収集した企業は、人間の能力では処理しきれないデータ量をAIの統計・確率的な手法で解析し、より高性能なものへと成長させる。これがデータ量の増加とAIの進化を促し、ユーザーに還元される。つまり、ネット上に情報が増え続ける限り、AIは無限に成長し、その知性を高めることができるのだ。
AIの進化がもたらす根本的な変化とは何か。それは、人と機械の付き合い方にある。東京のとある市民団体は、シニア向けのスマーフォン講習会を開催。アイフォーンに標準装備されている音声操作機能「Siri」は、「電話」などと話しかけるだけで手軽に操作できると好評を博したそうだ。パソコンやIT機器を扱いづらかった障害者や高齢者が、それを操れるようになれば、ユーザーのすそ野が広がり、巨大なビジネスチャンスが生まれる。
グーグルや世界中の自動車メーカーらが開発中である、ロボット型自動運転車にも同様の事が言える。行き先を告げるだけで目的地に届けてくれる自動運転車は、高齢や病気などで運転を諦めざるを得なかった人々や視覚障害者などに、新たな移動の自由をもたらす。また、ビジネスパーソンにも、移動中に仕事や会議、メールの送受信などの生産性の向上をもたらすことができる。
今後10年で急速に進展するであろう人工の知性、AI。それをどう使うかの最終的な判断は、生身の知性を持つ人間にある。正しい判断をするためにも、AIの正体をきちんと理解する必要があるのではないだろうか。