荻原浩(おぎわら・ひろし)/1956年、埼玉県生まれ。コピーライターを経て、97年に作家デビュー。2014年に『二千七百の夏と冬』で山田風太郎賞、16年に『海の見える理髪店』で直木賞受賞。ほかに『海馬の尻尾』『楽園の真下』など。(撮影/冨永智子)
荻原浩(おぎわら・ひろし)/1956年、埼玉県生まれ。コピーライターを経て、97年に作家デビュー。2014年に『二千七百の夏と冬』で山田風太郎賞、16年に『海の見える理髪店』で直木賞受賞。ほかに『海馬の尻尾』『楽園の真下』など。(撮影/冨永智子)

 2016年に『海の見える理髪店』で直木賞を受賞した荻原浩さんは、60歳で漫画家デビュー。『人生がそんなにも美しいのなら 荻原浩漫画作品集』(集英社)には8編の多様な作品が収められている。漫画は1作書くのに短編小説の3本分の労力がかかるという。それでも荻原さんが漫画を描き続ける理由とは。

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 60歳にして、漫画家デビューを果たした。20年間、小説を書き続けてきて、ふと「漫画を描きたい」と思ったそうだ。子ども時代、漫画家になるのが夢だったわけではない。「しいていえば天邪鬼なのかもしれません」と自己分析する。

「ハートウォーミング」との評価が定着しそうになると、非情な悪漢小説や巨大カマキリが襲いかかるサスペンスものを発表してきた。「自分の中の“危機意識”が発動するようです」

「あとがき」にも記しているが、40年前、漫画の新人賞に応募しようとしたものの早々と挫折。ペン先からインクがポタポタ落ち、うまく描けなかった。諦めも早かった。それもあってか再チャレンジでは愚直に徹している。

 収録された8篇は多様で異色だ。桜の木をめぐる恋愛、異様な生命体が襲いかかるコミカルな話、台詞のない意欲作など「現実と非現実がごっちゃになった話を書こうとしました」。

 初掲載は「小説すばる」2017年4月号。それ以来、半年に1回ぐらいの間隔で執筆依頼があった。その間、今作の評判はどうか、次回作の依頼は来るのか、新人作家のように不安と期待を募らせ続けたという。

 プロの漫画家は通常、編集者のOKをもらうために「ネーム」というラフな下書きを準備する。だが、荻原さんは「新人」だからと、毎回表情などを丁寧に描きこんだ下書きを提出した。

 描く手順としては、最初に「キモ」となる人物の顔にペンを入れる。納得できなければ、何度も新しい紙に交換して描きなおす。

「一コマだけ差し替えるというのも可能ではあるんですが、印刷所に迷惑をかけてはいけないので」

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