台湾出身者で初の総統となり、台湾の民主主義を確立した李登輝さんが7月30日、97歳で死去した。司馬遼太郎さんの著書『街道をゆく─台湾紀行』の登場人物でもある。
1993(平成5)年1月2日に台湾に到着した司馬さんは、3日後に台北市内の総統官邸に招かれている。2人は同い年で、学徒出陣の経験も同じ。李登輝さんは旧制台北高校から京都帝大に進んだ。「日本語世代」であり、流暢(りゅうちょう)な日本語で会話は弾んだ。予定の2時間が過ぎ、帰ろうとする司馬さんを引き留め、
「今度、いつ来る?」
すっかりトモダチ言葉である。
「また春には来て、台湾東部の山地の人々に会うつもりですよ」
「じゃ、僕が案内する」
「とんでもない」
総統に来られては「街道をゆく」もあったものじゃない、そう司馬さんが断ると、李登輝さんは口をとがらせた。
「だって、歴史を知らないだろう」
歴史を知らないだろうと言われた司馬さんを見たのは、私は初めてだった。一同爆笑し、こうして顔合わせは終わり、司馬さんは言っていた。
「李登輝さん、まるで旧制高校生だったな。また会いたいね」
言葉通り、4月に2人は花蓮市で再会する。