高橋さんは大会社に勤めたのち、プロデューサー業に転身した。過去の伝手で、小松さんにはいわゆる「ビジネスの成功者」をどんどん紹介した。会食の席に呼び「無理して話す必要はない。ただいて、見て、聞いて、人の生きざまを感じなさい。そして感じたものを形にしろ」と。
その後の小松さんの変化に、高橋さんは驚いた。20代で別世界を次々と見た彼女だが、一切擦れることなく、むしろどんどんピュアになっていく。その理由を小松さんに聞くと、「たくさんの知識を得るほど、世の中のことを知り、結果として純粋になれるのです」と。さらに驚いた。
小松さんは毎日、瞑想を繰り返す。殺生を嫌い、肉も魚も口にしない。「社会のために」「地球のために」と、企業は環境保護活動をし、人はボランティアをするが、小松さんにとっては生活そのものが社会への「祈り」なのだ。高橋さんはあるとき、こう思った。
「社会を生き抜くテクニックは、彼女より俺のほうが知っている。でもひとりの人間として”魂レベル”を比べたら、彼女のほうが遥かに上なのだろう」
高橋さんはいま、小松さんの作品を、美術館ではなく博物館に所蔵してもらいたいと考えている。
「美術館には美の歴史が、博物館には人類の歴史が並んでいる。彼女の作品は後者を表現するものだと思っています」
●24歳で史上最年少上場
ギャラリストでWhitestone Gallery代表の白石幸栄さん(44)も、小松さんをサポートするひとりだ。もともとブライダル事業を行うベンチャー企業の経営者で、24歳のときに史上最年少で株式上場を果たした。
だが、当時の自分を「マイノリティだった」という。経営者仲間は、会うたびに酒と車と女性の話をしたが、興味が湧かなかった。自身の会社の経営理念は「愛を永遠にする」。白石さんにとってブライダル事業とは、子どもに愛を継承するための手段であって、目的は売上拡大ではなかった。
壮大な理念を掲げていたが、次第に社長業を「山手線1周ゲーム」のようだと感じるようになった。春に事業計画を発表し、秋には中間決算をして、その半年後にはまた翌年のことを考える。1周すると、息継ぎなく2周めがスタートすることにげんなりした。白石さんはのちに父が経営するギャラリーを継いだが、アート界も「成功者がその象徴としてアートを買う」など、経済に近い場所にあることが気になっていた。そんなとき、現れたのが小松さんだ。
●「三蔵法師につかえている気分」
小松さんが描く神獣は、大きな目が特徴だ。恐ろしいほど鑑賞者をじっと見つめるが、怖がる鑑賞者は少ない。獅子舞や狛犬のような、守り神のようなイメージだ。白石さんはこう思った。
「この絵を家に置いておけば、迷ったときに正しいことを選択できる気がする。この作品を後世に受け継ぐことができたら、愛や人徳を継承できるのでは」
白石さんがブライダル事業を通じて成したかったことだ。白石さんは小松さんの作品を売る際、お客さんから一定期間の転売禁止に同意するサインをもらうことにした。作品の本質を伝えるためには、「成功者の象徴」のように使われたり、短期間で転売されたりすることを避けたかったからだ。それでもなお、白石さんの手元にあるウェイティングリストは「2年待ち」。今8月の個展に出展された作品は、初日を待たずして完売した。
以前の仕事を「山手線一周ゲーム」と語っていた白石さん。いまの活動をどう捉えているのだろうか。
「三蔵法師にお支えしながら、旅をしているイメージです」
絵の起源は6万5千年以上前にスペインで見つかった壁画といわれている。もともと人類は、狩の成功や五穀豊穣などを祈って絵を描いたが、絵画はのちに様々な系譜を辿り、現代アートといわれる小松さんの作品にまた強い「祈り」が込められることになった。明日は見えないが、ただ祈る。小松さんの作品は、極めて原始的ながら、私たちの原点を揺さぶっていく。(文・カスタム出版部)