東浩紀/批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役
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※写真はイメージ(gettyimages)
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 批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。

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 安倍首相の連続在任期間が歴代最長となった。安倍第2次政権が誕生したのは2012年12月。筆者には15歳の娘がいるが、小1の冬から中3の夏まで同じ首相だったことになる。

 なぜここまで強いのか。多くの分析があるが、共通するのは戸惑いである。安倍政権の成果ははっきりしない。アベノミクスは頭打ちだし震災復興で成果があったわけでもない。デジタル化や多様性対応などの変革も進んでいない。外交に強いというが、対米追従が目立つだけで基地問題も領土問題も拉致問題も進展していない。目標に掲げた改憲も一向に近づく気配がない。おまけにこの数年はスキャンダル続きだ。にもかかわらず選挙には強いし、支持率も安定している。

 まったくふしぎな話だが、裏返せばそこにこそ強さの秘密があるのだろう。安倍政権はおそろしく空虚な政権である。けれども日本人はそれを支持してきた。今回のコロナ対策に顕著なように、安倍政権は「やってる感」を出すだけで、じつはなにもやっていないことが多い。明らかな怠慢だが、おそらくはまさにそれが国民の無意識が求めたことだったのである。「やってる感」さえあれば、現実の改革の痛みから目を逸らすことができるからだ。

 さらに厄介なのは、その性格が体制批判側にも鏡に映すように転写されてしまったことである。政権の広報戦略に学んだのか、いまや野党も知識人もすっかり「やってる感」に頼るようになってしまった。けれど「反アベ」が呪文のようになった昨今の環境は、批判側の知的体力をむしろ奪っている。現状ではハッシュタグは伸びても選挙では勝てないだろう。

 2010年代は日本では震災で始まった。やるべきことはたくさんあった。皮肉を込めていえば、安倍政権の歴史的な功績は、その現実から目を逸らす集団自己催眠にあったといえるのかもしれない。

 とはいえ、夢からはいつか覚めねばならない。冒頭に娘の年齢を記したが、3年後には彼女の世代が有権者になる。政治の麻痺にどっぷり浸かって育った彼ら彼女らは、どのような投票行動を取るだろうか。少し心配で、同時に楽しみでもある。

東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数

AERA 2020年9月7日号