批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。
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8月28日の安倍首相の突然の辞意表明には驚いた。しかしそれ以上に驚いたのは、直後の共同通信の世論調査で内閣支持率が20ポイント以上も上昇したことである。
この結果を受けて与党内では早期解散論が強まっている。9日には河野防衛相が10月総選挙の見通しを語ったと報じられた。当然の判断といえる。
春以降、コロナ対策の不備から内閣支持率は不支持が上回り続けていた。それが一瞬で逆転した。10日には野党合流新党の代表選も行われたが、まったく注目を浴びていない。コロナ感染も減少局面にあり、それも与党に追い風となる。安倍内閣は選挙に強い内閣といわれてきたが、最後の最後で本領を発揮したかたちだ。もし意図していたとしたら、辞任のタイミングは天才的だったといえよう。
これはリベラルにとって壊滅的な事態である。8年近い安倍政権のあいだで、リベラルの言葉は痩せ細り、政治家も言論人も安倍批判一辺倒になってしまった。その結果が高い支持率では目も当てられない。反安倍キャンペーンは一部マスコミやネットを賑わせただけで、結局は国民の心に響かなかったのではないか。
辞任表明の翌日、政治学者の白井聡氏が、首相への共感を表明したミュージシャンの松任谷由実氏について「早く死んだほうがいい」とSNSで書きつけ、謝罪を迫られる事件が起きた。同氏は朝日新聞運営のサイトで安倍政権の期間を「日本史上の汚点」と記しており、こちらも問題になっている。このような罵倒や呪詛に依存しているかぎり、共感が広がることは決してないだろう。リベラルは戦略を切り替え、極端な論者を退場させ、理知的で中道的な支持拡大を目指すべきである。
8日の自民党総裁選所見発表演説会を見た。中堅世代も女性もおらず、60代・70代の男性3人が並んでいる光景に限界を感じた。それに何より、総裁選すなわち首相の選択であることに違和感を覚えた。
首相を選ぶのは与党議員でなく国民でなければならない。そのためには政権交代がなければならない。リベラルの復活を祈りたい。
東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数
※AERA 2020年9月21日号