佐藤弁護士。仲間の弁護士が当番弁護を引き受けたことから、片山容疑者を担当するように(撮影/佐藤秀男)
佐藤弁護士。仲間の弁護士が当番弁護を引き受けたことから、片山容疑者を担当するように(撮影/佐藤秀男)
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「彼とは、弁護士人生をかけた会話ですよ」

 東京・港区の弁護士事務所で2月19日に行った取材で、佐藤博史弁護士はやや興奮気味に答えた。「彼」とは、一連のパソコン遠隔操作事件で威力業務妨害の疑いで逮捕された片山祐輔容疑者(30)のことである。

「検察は『(片山容疑者の)逮捕はまだだ』と止めていたが、警察は『決定的証拠がある』として彼を逮捕した。私はこの証拠に疑問があるのです」

 決定的証拠とは、1月3日に江の島で片山容疑者が映っていた防犯カメラの映像だ。当初、実際に片山容疑者がに首輪をつけている映像があると報じられたが、そうした決定的な場面はないと佐藤弁護士は見ている。

「私も彼に会うまでは彼が犯人に違いないと思っていましたから、『決定的証拠となる映像があるなら早く引導を渡してやってくれ』と取調官に伝えた。むやみに否認を貫かせるつもりはないし、説得もしたい。でも、取調官は何も答えないんです」

 佐藤弁護士が彼を「真犯人」でないとする理由は他にもある。遠隔操作ウイルス「iesys.exe(アイシス・エグゼ)」に使われたプログラミング言語だ。

 4人の誤認逮捕を生んだこのウイルスには、「C#(シー・シャープ)」というプログラミング言語が使われたことがわかっている。

 逮捕当日に取調官の警部補に取られた身上調書の経歴には、「C」や「C++」など実際に使える言語が列記されており、「C#」も含まれていた。そこで片山容疑者は、

「他人がC#で作成したプログラムを実行できるかどうかのテストをしたことはあるが、C#を用いてプログラムを書くことはできない」

 とすぐ記載を変更してもらったが、以後、取調官らからC#を書けるかどうかについて詳しく聞かれていないという。一般に、「C++」が使えれば「C#」も少しは扱えるというセキュリティー関係者もいるが、佐藤弁護士は言う。

「彼の身の回りにC#の参考書があったわけでもない。彼のコンピューターにもC#を使った痕跡がない。C#が使えないんだから、ウイルスを作製した真犯人ではないんですよ」

 本当に片山容疑者はC#を使えなかったのか。東京・品川にある勤務先のIT関連会社を訪ねると、社長は、

「入社後に彼がC#を使ったと確認できたのは3件あります。ただし、そのうち2件は、C#ですでに組まれていたプログラムをテストしただけ。残り1件は社内研修で少々扱ったくらい。仮にいまも彼がその程度のレベルならば、ウイルスのソースコード(設計図)をいじるのは難しいかもしれない」

AERA 2013年3月4日号