落語家・春風亭一之輔さんが週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「スペア」。
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ヘンリー王子の暴露本『スペア』が話題になっている。「スペア」=「予備」。「おいらは次男坊。どうせ王様候補の『予備』なんだ、チクショー」というコトか。イギリス王室への知識興味もなく、本も読んでない私から無責任なエールを送ります。ドンマイ、ヘンリー、『スペア』も大事なんだぜ。
唐突な話。扇子ってけっこう壊れるよね。ご存知のとおり、我々噺家は扇子を小道具として使う。蕎麦を食べる箸、字を書く筆、煙草を吸うキセル。全て扇子で見立てる。戸を叩く仕草では、左手は拳を固め戸を叩くフリをして、右手で扇子を持ちそのカナメで床を叩き戸を叩く音を出したり。かなり酷使する。だから使っているうちに傷んできてカナメが壊れて、骨と地紙がバラバラとアコーディオンのようになってしまうことがある。これが落語の最中だと最悪。ビロビロビローンと伸び切った扇子を必死でまとめながら何事もなかったような顔をして噺を進める……のは、正直無理です。あーぁ、という心配顔のお客さんに「壊れちゃいました」と苦笑いするのが精一杯だ。
噺をぶった斬って「前座さーん! オレの代わりの扇子ないー!?」と袖に叫ぶと「はい! ただいま!」と持ってきてくれた。噺家は予備の扇子を2、3本は風呂敷に入れている。「こんなことってたまーにあるんですよ」なんて軽口を叩きながら、噺に戻る。この後は扇子を開いて盃に見立てる流れだ。扇子を開くと、以前とある噺で長台詞をカンニングするためにみっちりとセリフを書き込んだヤツだった。まるで耳なし芳一のようなそれはお客さんからも丸見え。スペアもちゃんとしとかなきゃです。