「分かった。入札する」
そんなわけで風炉先屏風を落札した。とどいた屏風はみごとな出来栄えで、桜の花びらの一枚一枚から朝顔の瑞々しい花弁(垂らし込みの技法がすばらしい)まで、その構成と精緻(せいち)な筆使いは神経がゆきとどいている。
「さすがに○○ちゃんや。この屏風はおれの寝床の枕もとに立てとこ」「あほなこといいな。マキが齧(かじ)るやろ」
放し飼いにしているオカメインコのマキはなんでも齧る。仕事部屋の胡蝶蘭(こちょうらん)の花芽は全滅した。
風炉先屏風はいま、よめはんの寝室に立てられている──。
わたしがネットオークションで落とした美術品はもうひとつだけあって、それは二十年ほど前だった。そのころ染付(そめつけ)の碗(わん)や皿を蒐(あつ)めていたため、“骨董”のサイトを見ていたら某日本画家(現存作家)の扇子が出品されていた。砂子の金地に岩絵具で枝垂れ藤を描いた扇面には落款、印章があり、絵は垢(あか)抜けている。よめはんも画像を見て真作だと意見が一致したから、十人あまりの入札があったが、がんばって落札した。八千円弱だったと思う。
とどいた白檀(びゃくだん)の扇子の絵は想像以上にみごとなもので、裏には墨文字の為書きがあった。画家が踊りの家元に贈ったのだろう、《為 六世○○××》とあり、六世家元はわたしも名前を聞いたことがある著名な人物だった。それにしても家元はいけない。亡くなってもいないのに、知人の画家から贈られた、為書きまである扇子を処分するのはいかがなものか。その画家はいま、日本最高の評価額なのに。
黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する
※週刊朝日 2021年1月22日号