■「柱」としての抜きんでた「才」

 物語が進むと、「鬼が出る」無限列車の中で、鬼・魘夢(えんむ)が本格的に攻撃を始める。魘夢によって乗客は強制的に眠らされてしまうが、炭治郎だけが攻撃に気づき、目覚め、単独で戦闘を開始する。しかし、「状況がわからない…」「連携がとれない」と、炭治郎は焦りに焦る。

 そんな炭治郎のもとへ、目覚めたばかりの杏寿郎が近寄り、炭治郎に状況説明と、戦闘の連携方法を素早く指示して立ち去る。なんと、8両編成の列車のうち、たった1人で後方5両の乗客を守ると言い残して。そして、杏寿郎はその言葉通りに、無限列車の乗客200人の命を守り切ることに成功するのだった。

■鬼に見せられた「幸せな夢」

 無限列車にあらわれた鬼の魘夢は、「夢を見ながら死ねるなんて幸せだよね」と言いながら、炭治郎たちに「幸福な夢」を見せて撹乱させる。「夢から目覚めたくない」と思わせることによって、戦闘意欲を削ぐためだ。

 炭治郎には「母と弟妹が生きているころの夢」を見せた。善逸には「禰豆子とふたりきりで出かける夢」を、伊之助には「みんなのリーダーとして慕われる夢」を。では、杏寿郎が見た「夢」はいったいどんなものだったのか。

 鬼・魘夢の血鬼術(けっきじゅつ※鬼による幻惑の術、戦闘のために使用する術)は、敵に夢を見せている間に、相手の「精神の核」破壊するというものだ。

<ねんねんころり こんころり 息も忘れて こんころり 鬼が来ようと こんころり 腹の中でも こんころり 楽しそうだね 幸せな夢を見始めたな>(魘夢/7巻・第55話「無限夢列車」)

 しかし、煉獄杏寿郎は、乗客の中でただひとり「幸せな夢」を見ない。まだ眠りが浅い間に、仲間を守る短い夢を見たものの、その後、杏寿郎が見たのは、「幸せ」とはかけ離れた「現実的」な夢だった。

■なぜ煉獄杏寿郎は「幸せな夢」を見ない? 

 杏寿郎は幼少期に母親を亡くしている。「生まれついて 人よりも多くの才に恵まれた者は その力を 世のため人のために 使わねばなりません」。母親が説いてくれた「人としての強さ」は、杏寿郎に大きな影響を与えた。だが、杏寿郎は「もし母親が生きていたら」と夢想することはできない。彼にとって母親の死は厳然とした事実で、それが決してくつがえらないことを知っているからだ。では、亡き母が生きていたころの夢を見る炭治郎とは、何が違うのか。

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