この市場化とともに、生産効率を上げるためとして、農村から都市への移動を推奨する都市化も進めた。この結果、都市部に人口が集中し、家賃や教育費が高騰。「996」(午前9時から午後9時まで、週6日間の労働)と呼ばれる長時間労働も問題になった。

 一方で結婚や出産を重要視し、老いた親の面倒も見るという中国の伝統的観念も残ったままだ。

 近年の中国の若者は発展に伴って生まれた社会の圧力と、伝統的な家庭からの圧力の、双方向の圧力にさらされるようになった。

 そして、こうした圧力に応じるためには競争に勝ち抜かなくてはいけない。いい学校に入り、いいキャリアを積んで、ステップアップしていくことが「勝ち組」だという考えは根強い。

 このような中国の世相を反映する言葉として「内巻」がある。やはり数年前からSNSでよくみられるようになり、仲間内での競争にすり減っていく人たちを指す言葉として使われる。

 北京の小学生向けのオンライン塾で働く女性講師(26)もその一人だ。平日は午後9時まで授業をこなし、週末も勤務とは関係のない個人レッスンを入れる。本当は一緒に暮らす彼氏との時間がもっと欲しいが、キャリアを積んでいる同僚を見ると、自分も経験を積まなければ、と焦る気持ちが勝るという。

 女性が子どものころ、広東省の実家周辺の道路は土がむき出しのあぜ道だった。大学進学で都会に出ると、経済発展を享受する生活ぶりを目の当たりにした。ブランド店が並ぶショッピングセンターやおしゃれなバー、清潔なカラオケルーム──。田舎では見たこともないものばかりだった。都会の生活に慣れた今、昔のような生活には戻れないと思っている。

 北京のアパートはリビングと寝室の約60平方メートルで月の家賃は6千元(約10万円)近くにもなる。今の給料ではぎりぎりだ。結婚後の生活を考えると結婚式や新居、車の費用や教育費などお金の悩みがつきない。ただ、生活の水準を下げることも考えられない。女性はこう話す。

「映画館で前の座席の人が立ち上がったら、映画を見るためには自分も立ち上がらなくてはいけないでしょ? 今はそういう感覚。したくもない競争を迫られているけど、途中退場はしたくない」

(朝日新聞中国総局・高田正幸)

AERA 2021年7月26日号より抜粋