日本の短大に近い専科学校を卒業したが、目指していた公務員は倍率が高く断念した。地元の企業は賃金が安く、友人のつてで見つけた上海の不動産仲介会社に就職した。朝8時から夜10時まで週6日働く日々だった。顧客や職場の飲み会も多く、給与は歩合制。人見知りな性格も災いして、なかなか成果が上がらず、物価の高い上海で家を買うことは夢のように思えた。

 そんなある日だった。一緒に昼食を食べていた同僚がふと「おやじにベンツを買ってもらった」と話した。自分と同じ、さえないやつなのに──。

「一生働いても彼の親にはかなわない」

 そう考えると、なんだか努力する理由を見失ってしまった。昨年7月に仕事を辞め、今は固定の仕事はない。貯金を切り崩したり、時々日雇いの仕事をしたりして生活する。立ちゆかなくなったら、地元に戻るつもりだ。「寝そべり族」。自分のような人がそう呼ばれ、似たような人びとが多くいることをSNSで知ったのは最近のことだ。

 中国で、今年春ごろから流行し始めた言葉だ。明確な定義はないが、仕事や結婚、出産に積極的でなく、物欲を持たない若者たちのことを指す。

 流行のきっかけは今年4月、あるネットユーザーの「寝そべりは正義だ」というSNSへの投稿だった。

「この2年間、まったく仕事をせずに遊んでいるが、何も間違っているとは思わない」

 と始まり、現代社会では身近な人と比較されることや結婚や出産を重視する伝統的観念によって人びとが圧力を受けていると指摘。「人間はそうある必要はない」と呼びかけた。

 投稿はしばらくして削除されたものの、SNSでは「私ものんびり泳ぐ魚のように生きたい」と多くの共感が広がった。

「寝そべり」という言葉はすでに、中国社会に定着しつつある。

■社会と伝統的家庭の圧力 競争にすり減る人びと

「寝そべり族」の考えが若者の支持を得た背景には、中国の発展にともなって生まれたいくつかの原因があるとみられている。

 一つは激烈な競争社会に対する疲れだ。中国は社会主義を掲げてはいるが、●(=登におおざと)小平(トンシアオピン)時代の「改革開放」で市場経済の導入に踏み切った。中国共産党は中国の現状を「社会主義の初期段階」にあると位置づけている。

 まずは生産力を高める必要があり、そのためには市場経済を導入して競争により経済を活性化させ、先に豊かになった人びとが国全体を引っ張り上げていけばいい、という考え方だ。

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