1、2点を観ただけでは、大した感慨はないかもしれない。が、時間軸に沿って展示された500点を順番に観ていくうちに、彼女の押し殺した感情が、こちらに憑依(ひょうい)した気分になり、とても平常心でいることはできない。

■複雑化する芸術の目的

 徐勇は54年、上海に生まれ、後に北京に移住。北京特有の細い路地を撮影した写真集『胡同(フートン)101像』で注目を集め、2003年には北京市の旧工場地帯をアート関係者の手で再興しようとする「再造798」活動を開始。この活動はギャラリーなどが集まる北京「798芸術区」として結実する。

 常に人びとが“見ないことにしているもの”に光を当てる徐は、「今日、芸術の目的は複雑です。芸術は社会を改革することに対し無力かもしれません」としつつも、「芸術家は作品が金銭に左右されるのを受け入れるべきではなく、芸術家自身の満足以外に、人びとの物事に対する見方を別の角度に導くことも必要だと思います」と語る。

 観る前後で鑑賞者の中で必ず変化が起きている。人間性とは何かを考えざるを得なくなる本展において、徐の試みは見事に功を奏している。

 今回の展示は、11年に香港で刊行された写真集『THIS FACE』をベースとし、会場で販売もされている。

 モデルを務めた紫Uは、中国東北部で生まれ、大学卒業後、中学教師、旅行ガイドなどを経て、北京で女性性工作者となる。徐は彼女について「自分の創作目的と思想を十分に理解してくれた共同制作者」だと語る。

 最後に徐は「東京五輪に合わせて日本で展示があることに感謝します。日本の人びとに、中国の青年女性が、農村や経済貧困地区から大都会で生き延びる時の辛抱強さ、紫Uらが自分の運命と対峙(たいじ)する試練と勇気、人の有り様が生命の時間とともに変わっていくことを意識してもらえたら、と思っています」と結んだ。(敬称略)(ライター・桑原和久、通訳・陳帆)

AERA 2021年8月2日号

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