生産量も粗利も「お話にならない」と笑われた。それでも何とか「やってみよう」という工場を見つけると、今度は自分たちのイメージとはかけ離れたデザインの試作品が送られてくる。それは、中国でかつて幅を利かせていた「ぱち物のドラえもん」のようだった。目鼻のバランスがおかしくて、ドラえもんには見えない。それでも納期はどんどん迫ってくる。
「もうこの辺でいいんじゃない」
メンバーからは、諦めの声も漏れてくる。だが菊川は譲らなかった。
「こんな靴、カッコ悪くて履けないだろ。出資してくれたお客さんをがっかりさせてしまう」
試作品を送ってきた工場に断りを入れ、別の工場を探す。
「靴の先がこんなに丸くてはだめ。仕様書通りのアールで作ってください」
金井はカタコトの中国語を覚え、工場と直談判するようになった。3軒目の工場で、ようやく満足のいく靴が作れ、9月の発送にギリギリ間に合った。
彼らが学んだのは量産の難しさだ。サプライチェーンを持たない「ものづくりベンチャー」にとってはそれが最大の弱点。国内外で強固なサプライチェーンを持つ大企業と組めば、問題のかなりの部分は解決する。菊川の頭に浮かんだのは、故郷の高校で創業者の話を聞いたあの会社。アシックスだった。
菊川らのベンチャー「no new folk studio(nnf、ノー・ニュー・フォーク・スタジオ)」はアシックスが19年3月に始めたアクセラレーター・プログラムに応募した。アシックスが求めていたスポーツシューズの新しい可能性を秘めていた「オルフェ」は最優秀賞を受賞。廣田は1億円の出資を決断する。こうして生まれたスマートシューズ「エボライドオルフェ」はアシックスのサプライチェーンを発射台に、世界へと羽ばたこうとしている。
だが菊川にとってそこはまだゴールではない。
「靴にセンサーを入れるのが当たり前になれば、歩き方の膨大なデータが手に入る。それらのデータを研ぎ澄ませば、歩いている場所や歩き方から推測してスマホを取り出す前にタクシーを呼んだり、履いているだけで足のリハビリができたり、インソールが最適化されて足が速くなったりするプログラムを組むことができるかもしれない」
「起業の循環」が、若者たちの野望を無限に広げていく。
(敬称略)(ジャーナリスト・大西康之)
※AERA 2021年8月30日号より抜粋