長年“ライバル関係”だった瀬戸大也(左)と萩野公介 (c)朝日新聞社
長年“ライバル関係”だった瀬戸大也(左)と萩野公介 (c)朝日新聞社
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 彼が世界に名乗りを挙げたのは、2012年のロンドン五輪の初日だった。男子400m個人メドレーで、マイケル・フェルプスの追い上げを振り切って銅メダルを獲得。少し驚きながらも、うれしそうに右手を振り上げる姿が目に焼き付いている。

 2016年リオデジャネイロ五輪では400m個人メドレーで悲願の金メダルを獲得。200m個人メドレーで銀、男子4×200mリレーでは1964年東京五輪以来となる銅メダル獲得に貢献し、金銀銅のメダルコレクターとなった。

 その後は不調もあったが、夢の舞台であった東京五輪に200m個人メドレー1本に絞って出場。結果は1分57秒49の6位ではあったが、近年はほとんど見ることがなかった、とてもすがすがしい笑顔を見せていた。その姿は、まるでロンドン五輪ではじめて銅メダルを獲得したときの萩野公介だった。

 幼少期から、萩野は日本を背負ってきた。ジュニア時代から日本のみならず世界でも活躍し、いつの間にかシニアの日本代表チームに欠かせないエースとなっていた。

 そんな萩野が引退を発表。そのニュースに、小学生時代からライバルとして20年近く戦い続けてきた瀬戸大也(TEAM DAIYA)は、正直寂しい、とコメント。ただ、瀬戸自身はまだやることがあると、パリ五輪も含めてその先を目指して現役続行を表明している。

 さて、そうやって、いつしか一時代を築いてきた萩野、瀬戸の世代である“ゴールデンエイジ”も、競泳界ではベテランと言われる域に突入しつつあり、萩野も引退をするなど、第一線を退く選手も増えた。そうなったとき、かつての萩野や瀬戸のように、日本の競泳界を背負って立つ人物はいるのだろうか。

 その筆頭となるのは、やはり東京五輪で200mバタフライの銀メダリストとなった本多灯(ATSC.YW/日本大学)になるだろう。彼の思いきりの良さと開き直れる切り替えの早さは、世界と戦う素養として必要不可欠なものである。さらに、鈴木大地現水泳連盟会長や岩崎恭子、北島康介、柴田亜衣、金藤理絵に萩野といった選手たちは、大舞台できっちりと自己ベストを出す、もしくはそれに準ずる記録をマークしてきた。つまり、大舞台であればあるほど、力を発揮するような選手であったわけだ。そういった意味でも、本多は物怖じせず、下手な策略や戦略を追いかけることなく、自分の最も得意なラスト50mの追い上げに集中したレースを展開し、そのとおりに泳ぐことができた。その気持ちの強さは何ものにも代え難い武器でもある。

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本多は“エース独特”の雰囲気を持つ