短期集中連載「起業は巡る」の第2シリーズがスタート。今回登場するのは、社会問題の解決を目指す若者たち。初回はIoTで介護に挑む「aba」代表取締役兼CEOの宇井吉美だ(33)。AERA 2021年11月15日号の記事の1回目。
【写真】パラマウントベッドと共同開発した排泄ケアシステム「Helppad」
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「これは絶対に応援せんといけん」
2012年11月17日、東京・虎ノ門の発明会館。ベンチャー投資家の孫泰蔵は、ある女性起業家のプレゼンテーションを聞いて、大きな体を震わせた。
その女性は宇井吉美(33)。aba代表取締役兼CEOだ。この日、米マサチューセッツ工科大(MIT)やスタンフォード大の卒業生が母体となって立ち上げた企業家育成の非営利組織「日本MITエンタープライズフォーラム」が主催した「第12回ビジネスプランコンテスト&クリニック(BPCC12)」の最終選考に残った一人。要介護高齢者用の排泄(はいせつ)検知シートについて、熱く語っていた。
このシートは、ベッドに敷いて、排泄があったことを知らせる装置。介護者の仕事が楽になり、高齢者も快適に過ごせる。宇井は増え続ける要介護高齢者や、不足する介護職などのデータを例示。このシートで高齢者それぞれの「排泄リズム」などのデータを蓄積できれば、介護職の負担が減らせると訴えた。
孫泰蔵が事業を“激賞”
宇井は千葉工業大学在学中に起業し、研究費を稼ぐため介護施設でアルバイトをしていた。プレゼンには圧倒的な説得力があり、一般の部4賞のうち3賞を獲得した。終了後、孫が宇井のところに駆け寄ってきた。
「名刺、交換させてもらえませんか」。受け取った宇井は思った。「あ、ソフトバンクの孫正義さんと同じ名字だ」
「泰蔵さんは孫正義さんの弟で、日本のヤフーを立ち上げ、(オンラインゲームの)ガンホーを創業し、今はベンチャー投資家をしているすごい人だぞ」
後で知人に教えられた宇井は、穴があったら入りたい気持ちになった。
「目を見張るような特筆すべき素晴らしい女性企業家。ミッション、事業内容、テクノロジーともに申し分ない」
コンテストの講評で、孫は宇井のことをこう激賞している。
ケアテック──。慢性的な人手不足に悩む介護領域の問題をテクノロジーで解決する新産業を指す。今やabaは業界を代表するスタートアップだ。宇井は日本ケアテック協会の理事も務める。そんな彼女が業界に飛び込むきっかけを作ったのは、大好きなおばあちゃんだった。
宇井が中学生の時、うつを患い、要介護になった。宇井は介護者の過酷な環境を目の当たりにし、自分の無力さを呪った。