東浩紀/批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役
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 批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。

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 立憲民主党が敗北した。党勢拡大は確実と見られ、議席60以上増の観測まであった。結果は10以上減らし、自民党の単独絶対安定多数まで許した。大物議員の落選も相次いだ。惨敗といえる。

 多くの調査は共産党を含めた野党共闘が原因だったことを示唆している。枝野幸男代表も辞任を表明した。とはいえ支持者には共闘を進めるべきとの声も強い。新代表は難しい舵(かじ)取りを迫られるだろう。

 立憲民主党は結党から4年の歴史の浅い党である。しかし今回の敗北はより長期的視野で分析すべきだ。

 3・11以後日本は「デモの時代」を迎えたと言われた。原発反対の国会前抗議が安保法制反対デモに変わり、そして2015年のSEALDs(シールズ)ブームを生み出した。SEALDsは16年に解散したが、17年の立民結党時には元幹部が大きな役割を果たしたことが知られている。若者主導の先進的なイメージで政治の刷新を訴え、SNSを活用し超党派の連帯を組織するという今回の選挙戦略は、そんな「デモの時代」の行き着いたかたちだった。

 それゆえ、この敗北はひとつの時代の終わりを意味すると捉えるべきである。ネットで風を起こすのはいい。しかしそれだけでは生活者の反発を招く。予想外の敗北はその反発の強さを示している。立民は若者や都市住民頼みのイメージ戦略を改め、地方組織を大切にしたウィングの広いリベラル政党に生まれ変わるべきだ。それは野党第1党の責任でもあろう。

 政治は生活に直結したものである。ネット頼みの戦略には限界がある。これは日本だけの話ではない。冷戦崩壊後、支柱を失った左派は世界中でネットに飛びついた。新たな連帯を「マルチチュード」と名付ける理論も現れた。確かに左派が伸長した国もある。しかしネットはポピュリズムや排外主義の温床でもある。SNS発の運動だからといって、みながついてくる時代は終わっている。

 デモの時代は終わった。しかしそれは批判の時代が終わったという意味ではない。この逆境からこそ、足腰の強い本当の批判的政治勢力が立ち上がると期待したい。

東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数

AERA 2021年11月22日号