また、三浦社長の交際相手であり、雑貨輸入会社の役員でもあった白石千鶴子さん(当時34歳)が銃撃事件の2年前にロスへ行き、まもなく行方不明になっていた。三浦社長は千鶴子さんがロス入りする2日前にロスに着き、10日間滞在していた。その後、彼は千鶴子さんのキャッシュカードで426万円を引き出した。千鶴子さん失踪の2カ月後、ロス郊外で女性の身元不明遺体88号が発見されている。
時系列で言うと、2年半余の間に、千鶴子さんに対する殺人、一美さんに対する保険金殺人未遂、一美さんに対する保険金殺人の3件が起きたという疑惑だ。
◆警察の捜査が進まないのに名指しで大合唱
「疑惑の銃弾」の連載が始まったとき、私は警視庁クラブの捜査1課担当で、3人のチームの最古参だった。連載を読んでショックを受けた。日本で起きる殺人事件の大半は恨みや怒りなどによる「激情型」で、カネ目的の計画的な殺人はまれだった。ましてや家族に保険金をかけて殺す事件は、乗用車の海中転落を偽装して妻娘3人を殺害したとされる別府港の3億円保険金殺人事件(1974年)があるだけだ。疑惑が本当なら犯罪史に残る大事件になる。
捜査1課も同じように考えたのだろう。ただちに10人余で構成されるひとつの班が内偵捜査に出動した。各社の1課担当記者も張り付いた。とはいえ、犯罪報道のルールでは、事件が発生したことと、逮捕後の捜査内容しか報道することはできない。私たちも、ロスの不明遺体88号が歯型鑑定で白石千鶴子さんと判明したことくらいしか書けなかった。多くの新聞やテレビの定時ニュースは後追い報道を自制した。
しかし、ワイドショー、週刊誌、スポーツ紙などはルールを無視して大量の番組や記事を流し始めた。まだ警察の捜査も本格化していないのに、「疑惑の主」の実名を挙げ、知人、隣人、取引先、さらには少年時代の非行の審判にかかわった裁判官までつかまえて話をさせた。疑惑を肯定したり補強したりする発言をする人は引っ張りだこになり、取材協力費という名目のギャラが跳ね上がった。彼の自宅は常に数十人の記者やカメラを持ったスタッフらに囲まれ、買い物にも行けず、食糧難に陥った。