東浩紀/批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役
東浩紀/批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役

 批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。

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 本欄を担当して6年近くになる。世相を観察し続けて思うのは、日本社会はつくづく忘れっぽいということだ。様々な事件が起きるが、ほとんどはすぐ忘れ去られる。

 そんな忘れっぽさを実感する事件がまた起きた。1997年に起きた神戸連続児童殺傷事件の記録が、神戸家裁によって全て廃棄されていたことが明らかになったのである。行われたのは2011年のことだという。

 同件は、14歳の少年が犯人だったことに加え、殺人の猟奇性や奇怪な声明文もあり当時日本全体を巻き込む騒ぎとなった歴史的な事件である。識者の分析が多く出て、少年法改正の契機にもなった。そんな大事件の記録があっさり廃棄されていたことも驚きだが、それが10年以上気づかれていなかったことも衝撃である。

 詳しい経緯はわかっていない。少年事件の記録は一般に少年が26歳に達するまでの保存と定められている。しかし他方で、史料的価値があるものは「特別保存」とするとも定められている。神戸の事件が特別保存に値するのは明らかで、神戸家裁も不適切だったことを認めている。その後神戸以外でも重要事件記録の廃棄が相次いで発覚し、最高裁は10月25日付で全国の裁判所に記録廃棄の停止を指示した。保存方針の再検討を始めるという。

 今後は杜撰(ずさん)な廃棄が行われないことを祈るばかりだが、楽観的にはなれない。裁判記録に限らず、公文書の管理はこの数年繰り返し問題になってきたからだ。

 17年には自衛隊南スーダン派遣部隊日報の隠蔽(いんぺい)が、18年には森友学園への土地払い下げに関する財務省決裁文書の改竄(かいざん)が問題となった。昨年末には国土交通省の基幹統計が8年にわたり不正に書き換えられていたことが判明した。物事を正確に記録し保存するということに対して、この国は根本的に鈍感なのではないか。

 だからこの国では、あらゆる事件がネタとして消費され、急速に忘れ去られていく。一月半前にあれほど騒いだ国葬も、いまではほぼ話題にならない。私たちはそんな健忘症から抜け出す必要がある。

◎東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数

AERA 2022年11月14日号

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東浩紀

東浩紀

東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数

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