リヒャルト・ゾルゲ。日本の妻だった石井花子には「友達はいない。寂しい」(NHK「現代史スクープドキュメント 国際スパイ・ゾルゲ〈1991年〉」から)と弱音をはいたという
リヒャルト・ゾルゲ。日本の妻だった石井花子には「友達はいない。寂しい」(NHK「現代史スクープドキュメント 国際スパイ・ゾルゲ〈1991年〉」から)と弱音をはいたという

 1941年10月に摘発された「ゾルゲ事件」。戦前の日本で暗躍した旧ソ連のスパイ、リヒャルト・ゾルゲが現在、ロシアでブームになっている。日本では未公開だった機密文書を掲載した資料集も発刊された。伝説のスパイは何を残したのか。

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 ゾルゲは第2次世界大戦時に東京で諜報グループを組織し、機密情報をモスクワへ送り続けた。課された任務は、日本軍がシベリアに北進するのか、あるいは仏領インドシナへ南進するのかの情報収集。ゾルゲたちは膨大な証拠を掴み、打電。任務をほぼ遂行したところで逮捕された。

 ロシアでは近年、祖国を救った英雄として評価が急上昇し、ゾルゲ・ブームが起きている。モスクワや極東のウラジオストクなどにゾルゲの銅像が建立され、モスクワ地下鉄外環状線の新駅は「ゾルゲ駅」と命名。ロシアの各都市には「ゾルゲ通り」と名付けられた街路が続々と誕生した。2019年に国営テレビが歴史ドラマ「ゾルゲ」(全12話)を放映。その後、映画も公開される。

 評伝や資料集など関連本も続々と出版されている。日本研究者のアンドレイ・フェシュン氏(モスクワ大学東洋学部准教授)はゾルゲが送った電報や書簡、モスクワからの指令など650点の機密文書を編纂。その中から1941年以降の文書218点を収録した『ゾルゲ・ファイル 1941‐1945』(みすず書房)がこのほど刊行された。日本では、大半が初公開の文書だ。

 訳者の名越健郎・拓殖大学特任教授(元時事通信記者)が、ロシアを席巻するゾルゲ・ブームについて解説する。

「ロシアは、ウクライナへの軍事侵攻によって経済制裁を受けて孤立しています。現在の厳しい安全保障環境は、社会主義国家の建設で孤立した第2次世界大戦前夜と似ています。このため、プーチン政権は命がけで祖国のために情報工作を行ったゾルゲの忠誠心を賛美し、愛国主義を鼓舞しようとの狙いがあるのです」

 ゾルゲは1895年、ドイツ人の父とロシア人の母の間に生まれる。ロシア革命に共鳴し、大学生の時にドイツ共産党に入党。モスクワに移りコミンテルン(国際共産党)に所属した後、ソ連赤軍参謀本部情報局にスカウトされて、諜報活動に従事する。偽装のためナチスに入党し、1933年、ドイツ紙特派員を表向きの仕事として来日する。日本の情報に精通したゾルゲは、駐日ドイツ大使館のオット大使から絶大な信頼を得る。

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