またある男性は怒った調子で、「町民の代表として町長と話しをしている議員が、大切な録音をなぜ途中で切ったのか」と質問していた。質問は彼の勘違いによるものであり、そもそもなぜ怒っているのかは意味不明だが、「叱りつける」ことに躊躇ない様子に衝撃を受けた。

 これではたとえ録音があったとしても、それはそれでハニートラップを仕掛けたと疑われるだろうと思われた。何をしても性被害を訴える声は疑いと怒りの視線にさらされるという現場を、目の当たりにしているようだった。

 町長は新井さんを虚偽告訴で訴えると記者に話したという。それでも新井さんに迷いはないようだった。これまでも町長は議会でも「なぜ刑事告訴しないのか? できないからだろう?」と言ってきた。ある意味、新井さんは町長の挑発にあえて乗ったともいえる。客観的には厳しい闘いになると思われる。7年近くも前の事件を捜査するのは厳しく、告訴が検察に受理される可能性は決して高くない。それでも諦められないものを新井さんは取りにいこうとしているように見える。それは事実を明らかにしたい、奪われた尊厳を回復したいという思いだ。

 私は新井さんが傍聴席から侮辱の言葉を浴びせられ、「うそつき」と言われ続けるのを見てきた。町議会が女性議員1人を追い出すためにリコール運動を繰り広げるのを見てきた。それはまるで声をあげたことそのものが罪、という印象をあたえるのに十分なものだった。

 性暴力は密室で行われる。客観的証拠もない。だから性暴力はどちらかがうそをついている事件……という一見、中立なその姿勢こそが、実は加害者側に寄り添う行為になる。

 多くの被害者は声をあげることができなかった。声をあげれば「本当の被害者が声をあげられるはずがない」と言われ、声をあげなければ「被害などなかった」とされ、時間を経てから声をあげれば「今さら何が目的か?」と追いつめられるのが被害者の現実だった。そもそも、声をあげる側の社会的立場は圧倒的に弱いことが多い。そういうことが、ここ数年の世界的な潮流#MeTooで、明からになった。だからこそ、まずは被害者の声を裁くのではなく聞く、「被害者中心主義」の姿勢が今、国際的には人権の見地から求められている。記者ならば、なおさらそのことを理解してほしいと思う。

 来年は刑法改正の重要な年になる。報道側のジェンダーギャップや、その意識も問われると改めて感じている。

北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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