「いらっしゃいませ」というお馴染みの挨拶一つをとっても日本語は難しい(写真/gettyimages)
「いらっしゃいませ」というお馴染みの挨拶一つをとっても日本語は難しい(写真/gettyimages)
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「言葉が通じない!」

 外国へ行ったら、誰しも少なからず「言語の壁」という辛酸を舐めるのではないでしょうか。ただ私がいちばん苦い思いをしたのは、留学に行ったイギリスでも、旅行で訪れたニュージーランドでも、移住したアメリカでもなく、生まれ故郷の日本でした。

 アメリカで約5年暮らした後、家族4人で日本へ戻ってきたのが2021年の1月。コロナ禍での2週間の隔離期間を終えてから、さあ家探しだ! と不動産会社へ赴きました。1週間ほど内見を重ね、ようやくこれという物件に申し込んで、大家さんからの返答を待つことに。「返事はいつ来ますか?」と不動産会社の営業Aさんに尋ねたところ、Aさんは満面の営業スマイルで答えました。

「この時期はどこの大家さんも忙しいんですよ~」

「そうですか。で、だいたいどれくらいで返事がもらえるんでしょう?」

「このエリアは都心へのアクセスがよくて便利ですしね~」

「いつ?」と尋ねているのに、返ってくるのは大家さんの多忙さとかエリアの人気度など、まったく関係ない話題ばかり。そんなのどうでもいいから日程の話をしてくれ! と苛立つと同時に、笑顔のまま関係ない話を続けるAさんを見て段々背筋が寒くなりました。日本語が全然通じない。ここは本当に、私の知っている日本だろうか?

 今振り返れば、Aさんは私の「いつ?」という問いかけを「早く返事をくれ」の婉曲表現と捉えており、従って「この時期、このエリアは申し込みが多いので返答には時間がかかります」と遠まわしに訴えていたのではないかと考えを巡らせることができるのですが、いかんせん日本に帰ってきたばかりの私には複雑すぎるコミュニケーションでした。アメリカでは大抵「When?」と問えば時間や日にちに関する答えが返ってくるし、早く返事がほしいときには「早く返事がほしい」と伝えます。でもハイコンテクスト文化の日本では、言葉が言葉通りに機能しません。

 結局2日後に断りの返事が来て(日本での賃貸契約経験がない外国人が家を借りようとすると、たとえ日本語が理解できても日本人の家族がいても会社員でも貯金があっても、断られることがあります)、別の不動産会社へ行き、また1週間ほど物件を見て回って、今度こそ契約に進めることに。契約に必要な書類のひとつに、住民票がありました。アメリカから帰ってきたばかりの我が家には住民票はありません。住民票は日本の住所に基づいているものですし、多くの海外居住者は日本から引っ越すときに住民票を除票しておきます。そのため営業のBさんに「住民票はありません」と伝えたところ、途端に会話が成立しなくなりました。

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大井美紗子

大井美紗子

大井美紗子(おおい・みさこ)/ライター・翻訳業。1986年長野県生まれ。大阪大学文学部英米文学・英語学専攻卒業後、書籍編集者を経てフリーに。アメリカで約5年暮らし、最近、日本に帰国。娘、息子、夫と東京在住。ツイッター:@misakohi

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