陛下が座り、ペンを取る。「デイトなの?」と雅子さま。日付を入れる確認だろうか。陛下が「デイト」と答える。「date」と書きたくなる発音。失礼を承知で書くなら、陛下の生真面目さが表れていて「cute」である。そこにまた雅子さまの声。「日本語……」。陛下が「そうね、下に」と答え、台帳がアップに。「Naruhito」というきれいな筆記体の下に「徳仁」とある。

 次に雅子さまが座る。丁寧に書く手が映る。書き終えた雅子さまが陛下を見上げる。おふたりが目を合わせ、にっこりと笑う。心からの笑顔だとわかる、とても良い笑顔。「雅子さまはお幸せなのだ」とこちらが勝手にうれしくなる。「見えて、聞こえる」。とても大切だ。

 そもそも雅子さまの声を聞いたのは、19年8月以来だ。ご一家の那須御用邸での静養で、「風が気持ちいいですね」と記者団に語る声が放送された。それ以来の声。

 ちなみに陛下の声は記者会見や式典などで聞くことができるが、雅子さまにはそういう機会がない。誕生日には文書回答とビデオも公開され、そこには陛下と話す様子も映るが、なぜか弦楽四重奏のようなBGMが流れている。「プライベートな会話は公開しない」という宮内庁の方針だろうが、正式なカメラの前での会話を隠すことにどんな意味があるのか謎だ。

 と、かねがね思っていたのだが、動きがあった。宮内庁の23年度予算概算要求に、SNSを使った情報発信を始めるための予算が盛り込まれたのだ。

 エリザベス女王は在位70年にあたり、短編動画に出演した。共演相手は、くまのパディントン。共に宮殿でお茶をする楽しいストーリー。女王とパディントンの会話がユーモラスで優しい。おしゃれな「見えて、聞こえる」。

 宮内庁にはぜひとも、「見えて聞こえる皇室」から始めてほしい。記帳動画の感動よ、再び。(コラムニスト・矢部万紀子

週刊朝日  2022年10月7日号

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