下重暁子・作家
下重暁子・作家
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 人間としてのあり方や生き方を問いかけてきた作家・下重暁子氏の連載「ときめきは前ぶれもなく」。今回は、女子学生が起こした共通テストの不正について。

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 今でも夢を見る。時間が迫っているのに、問題が解けない。答えが出ない。そんな時のあせり。なぜだか、解答がうまく出来た時の夢は見ない。

 私の場合、放送局に勤めていた頃は生番組が多かったせいか、スタジオに向かって走れども走れども、到達できない夢もある。

 年と共に減ってはきたが、よほど脳内にすり込まれているのだろう。だから、今回、大学入学共通テストで手の込んだカンニングをした女子学生の気持ちがわからなくはない。切羽詰まっての行動と思いたい。

 私が通っていた高校は有名な進学校で、期末試験のたびに、成績が全て廊下に張り出された。国語をはじめ文科系はあまり勉強しなくてもできたので、いつも上位を占めていたが、数学などの理科系は全く興味が持てず、いつも赤点ギリギリで、廊下を通るのも恥ずかしかった。おおっぴらに誰にでも私の成績がわかってしまうのだ。

 中学までは、理科系など苦手なものは、全部丸暗記してなんとか保っていた。ところが高校は優秀な人ばかりで、理解できていないでごまかしはきかなかった。小学生の頃、結核で二年休学していたので、基礎を全く学んでいなかったのだ。

 いずれにしろ、あまりありがたい想い出ではない。救いはその高校では、勉強さえしていれば、男女交際などについてはうるさいことを言われず、生徒会長だった優等生もいつも同じ女生徒と仲良くしていて、先生公認といった形だった。

 私も一年上で同じ音楽部の特定の男友達がいたが、二人が仲良くなったきっかけも受験勉強だった。放課後、図書委員の私は、たいてい図書室にこもって、本の出し入れなどしていた。二階から階段を下りて、トイレに行き、外にある手洗い場で手を洗って、ハンカチを出そうとポケットに手をやった時、真っ白い男物のハンカチが目前に広がった。驚いて振り向くと音楽部の一年先輩の男子学生で、どうやら図書室から私の後を追ってきたようだ。

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